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「寅さん」シリーズはどれも好きですが、仕事で青森を訪れた時に偶然見た、この第11作目が一番心に残っています。
妹のさくらが夫、博に「(息子の)満男にピアノを買ってやりたい」と話すのを聞いた寅さん。得意顔で買ってきたのはおもちゃのピアノでした。欲しいのは本物のピアノだと言い出せない、さくらたち家族。それに気づいた寅さんは、怒って家を飛び出してしまいます。訪れた北海道・網走で出会うのが、浅丘ルリ子さん演じるマドンナのリリー。港で語り合う2人の姿を紙切りにしました。
当時の私は、この世界に入ったばかり。まだ寄席にも出られず、師匠から紹介されて全国のキャバレーを回っていたんです。リリーも自分と同じ旅回りのキャバレー歌手。びっくりして、知らず知らずのうちに涙が出ていました。
キャバレーのお客さんって、お酒も飲んでいるし寄席より厳しい。とても勉強になりましたが、彼女が嫌な酔っぱらい客に絡まれたと泣く場面は、私にも経験があります。
実はこの作品、タコ社長の会社で働く青年役で、1歳年下の江戸家猫八(当時・小猫)さんも出ています。「彼も頑張っているんだなあ、俺も頑張ろう」、「キャバレーの仕事が終われば寄席に出られるんだ」そんな思いでした。
寄席に出ると、今でも「寅さん!」と紙切りの注文がかかります。第1作目から50年近く経っても、みんなから愛される映画なんですね。
聞き手・渡辺鮎美
監督・脚本=山田洋次
出演=渥美清、倍賞千恵子、浅丘ルリ子、松村達雄、三崎千恵子、前田吟ほか
はやしや・しょうらく
1948年生まれ。寄席を中心に活躍。11~20日、新宿末広亭と池袋演芸場の11月中席に出演予定(いずれも夜の部)。 |