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ウノ・カマキリさん(漫画家)
「キートンのセブン・チャンス」(1925年)

笑いを呼ぶ命がけの芸

 ウノ・カマキリさん(漫画家)「キートンのセブン・チャンス」(1925年)

 

 20歳の時、美術専門学校の卒業制作でコメディアンを題材にしようと、評論家の植草甚一先生のもとへ毎晩通ってね。先生が薦めた中に、バスター・キートンの無声映画があったんです。

 ロイド、チャプリン、ベン・ターピン……。喜劇スターと呼ばれる人たちの中でも僕にとってキートンは特別。常に無表情で、スタントを一切使わない生身の芸なんだ。ドアが開いた瞬間、後ろへひっくり返る。クレーンにつり上げられ、振り回される。ザ・ドリフターズとか日本の芸人もまねているけど、とてもあそこまで体を張れないでしょう。

 映画のストーリーは単純だけどね。破産寸前の証券会社を営む男に、ある日、「今日の午後7時までに結婚すれば700万ドルの遺産を相続する」との祖父の遺言が示される。男は何百人もの花嫁候補に追われながら、野を越え山を越え、ひたすら疾走するんだ。花嫁姿の大群が怖い。今の時代なら先頭の数人以外はCG技術でできちゃうけど、全員本物だし、無声映像だからより緊迫感が出るよね。

 見せ場は山の斜面を大量の岩がゴロゴロ転がるシーン。ハリボテだとわかっていても迫力がある。ノーカットで岩をよけ続けるキートンの体力も超人的。撮影中にケガもするだろうけど、その傷すら彼にとって財産なんだろうな。彼はただ人を喜ばせたい一心なんだ。作品に対する情熱、姿勢。命がけの真剣勝負だからこそ滑稽だし、見る者の心を揺さぶるんだよね。

聞き手・曽根牧子

 

  監督=バスター・キートン
   製作=米
   出演=バスター・キートン、T・ロイ・バーンズほか
うの・かまきり
 1946年生まれ。「平凡パンチ」のイラストレーターとしてデビュー後、一コマ漫画を描く。「週刊朝日」で田原総一朗氏のコラムのイラストを担当。
(2014年12月12日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)