ヴァイオリンとの聞き比べ動画を見るまで、どんな音かパッとわからなかったヴィオラの音色。須田さんいわく、「ヴィオラ奏者は声が低い方が多く、自分もそう」。声が高くはない記者もヴィオラの音色が心地よく感じます。「未知数で無限大」というヴィオラの魅力をたっぷり教えていただきました。(聞き手・島貫柚子)
※須田祥子さんは12月21日(木)朝日新聞夕刊「グッとグルメ」に登場します。
――ヴィオラは未知数で無限大の魅力があるとか。くわしく教えて頂けますか
そもそもヴィオラという楽器、どれかわかりますか?あれを背負って洋服屋さんに行ったら……
「楽器やってるんですか?」
「はい」
「ヴァイオリンですか?」
「違います。ヴァイオリンよりにちょっと大きいやつですね」
「あ、あの床に刺してやるやつ!」
「それはチェロ」
……みたいなね。名前自体を覚えてもらえないんですよ。これが未知数。「クラシック聴くのが好きです」っていう人もヴィオラだけの音色(おんしょく)を知ってる人はたぶんそこまで多くないんじゃないかな。というのもオーケストラとかで弾いているのを聞いても、ヴィオラが何を弾いてるかってほとんどわからないんですよ。単独でなにかしていることもあるんですけど、よっぽど目立つように楽譜が書かれていなければ、目立たない。それにヴィオラの協奏曲っていうのは、すっごい古いものと近代以降しかない。ロマン派の間にヴィオラに興味持っている作曲家はいなくはないんだけど、ソロ楽器としては認識されてない時代が長く続きます。
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――(おもむろにWikipediaの「ヴィオラ」のページを出す記者)
おお。バッハっていうのはもうすごい昔。ベルリオーズは、まあそうだなあ……比較的古い。この人はシューベルトとかと同世代です。シューマン、ブラームスがやっとロマン派でヴィオラの曲を書きます。メンデルスゾーンもちょっと古い。でもこの辺になると近代に行っちゃうな。
――ヴュータン、ウォルトン、グリンカ、ヒンデミット……私にはなじみのない作曲家だと思っていたら近代の人でしたか。
そうなんですよ。こうやって中抜けの時代がある。作曲家は関心を持たなかったし、「ヴィオラにソロは無理じゃない?」という認識を持たれていた時代が非常に長い。ヴィオラのようにいろんな可能性が残されている楽器っていうのはおそらく他にないですね。 ヴァイオリン、チェロは当然コンスタントに曲が作られ続けてきたわけだけれど、ヴィオラはコンチェルトとかいうものも非常に少ない。あんまり目立たないで生活してきた時代が長いので、まだ人が知り得ない魅力っていうのは、とてもたくさん残されてるんじゃないかな。それで無限大ですね。ヴィオラという楽器は音域的にはヴァイオリンとチェロとの間ぐらいの大きさがないと本来鳴らないはずなんだけれども、そんなに大きいと顔と肩の間に挟んで弾くことが難しい。床に挿して弾くには無理な姿勢になってしまう。そのせいもあって音色は、演奏者のパーソナリティに直結します。音域的には人の声に近いですね。この記号、知ってましたか?
――なに記号でしたっけ……。
アルト記号。こうなっている真ん中がドになるっていう記号なんですよ。この記号が読めないからヴィオラを弾きたがらない人もいますね。
――元々はヴァイオリンを弾いてらして、大学でヴィオラに転向なさったとか。
音楽教室に通っていたので、アルト記号は当然子供の頃から読まされましたし、読めて当たり前だった。室内楽をやるときに学校で楽器貸してくれるんですけど、中を覗くと、「ストラディバリウス made inチェコスロバキア」みたいな。本物のストラディバリウスとは縁遠く、夢のない楽器が多かった。個人の楽器ではないため調節もあまりしていないし、「ヴィオラの魅力(-)」。魅力なんて感じるわけがなかった。ヴァイオリンを習っている子たちっていうのは、「自分最高!」「ヴァイオリンラブ!」みたいな感じでヴィオラを弾くのを嫌がるので、私は「ヴィオラでいいよ」って言っていましたね。ネガティブな話ですが、高校や大学入試の受験対策で、ヴィオラに転向する場合もあったりします。
――……ヴィオラは、なめられてる感じがある、と。
「そんな人生を踏み外すようなこと」とヴィオラに転向する時は私も思いましたし、ヴァイオリンを売ろうとしたら楽器屋さんに「ヴィオラに転向するんですか………?!」と嫌みを言われたりもしました。でも私にとってはヴァイオリンよりヴィオラの方が魅力的です。ヴァイオリンを弾いていた時から高音にはあんまり興味がなくて、いい音を出したいなと思う対象が低い音だった。なるべくしてなっているのかもしれませんね。
――パンフレットの写真を拝見すると、実際に結構大きいですね。
小顔効果があるんですよ。でも私の楽器はあんまり大きくない。これより10センチぐらい大きいヴィオラも存在しますけれど、私はこれプラス2センチが限界。調弦できなくなっちゃうので。体を壊さないためにも、あんまり巨大な楽器は弾けませんが、もっと大きいヴィオラを弾ける人は羨ましいですね。やっぱり容積が全然違うから、「箱が鳴る」感じがします。
――ヴァイオリンとヴィオラの聞き比べ動画を視聴してきました。音の高さが全然違いました。私はヴィオラの方が心地よかったです。
そうそうそう。ヴァイオリンはね、自分でもよく弾いてたなと思うぐらい音が高い。ヴィオラって構えて弾くとね、裏板の振動が体にパッと伝わってくるんですよ。気持ちいいですね。ヴィオラアンサンブルってみんな個性的なのに、それがぶつからないで1個のものになっていくっていうのがいいよねっていう話を誰かと最近したなあ。
――うーん。みんな個性的だとどこかでぶつかりそうなものですが、なぜバランスを取れるんだと思われますか。
ヴィオラ奏者だから、かな。日常的に人のために生きているスキル、自分のいいところを引き出すスキルが混ざるんでしょうね。
――ヴィオラをオーケストラの中での役割で例えるなら、なんでしょうか。
何をやっているかわかんない楽器。でも、実はオーケストラのなかでメロディーが気持ちよく弾けるのは私たちのおかげでもあるという。「縁の下の力持ち」とかいうワードがどうせ出てくるでしょ。
――出てきました。
縁の下の力持ちっていうのはコントラバスとかのほうが適している気がするんですよね。私が目指すのは、「誰にも気づかれずに、1番目立つパートが最も美しく見える状態を作る感じ」かもしれない。絶妙に気が利く。でしゃばらない。でも必要な時は前に出る。どこまでフレキシブルに世の中の平和を保てるか。誰にも気付かれなくていい。ヴィオラって、結局は人のために生きる楽器かもしれません。
須田祥子
すだ・さちこ ヴィオラ奏者。東京フィルハーモニー交響楽団首席。1976年東京都生まれ。主宰するヴィオラ奏者のみのアンサンブル「SDA48」を1月8日(月)(祝)午後2時から、東京・紀尾井ホールで開催予定。
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