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丸いAIは四角くなるか
言語学者 瀬戸賢一さん

 

わたし:村上春樹の小説のような文章を書いて

Chat GPT:街の喧騒が遠くに聞こえる中、彼は古びたカフェの一角に佇んでいた。一人の女性が、コーヒーカップを手に、窓辺で静かに本を読んでいる。彼女の微笑みが、彼の心を穏やかに包み込んだ。その瞬間、時間は止まり、二人の距離が近づいた。

 

わたし:英語で、村上春樹のような文章を書いて

Chat GPT:In the dimly lit cafe, amidst the faint aroma of coffee, he sat alone, lost in thought. Through the frosted window, a solitary figure, a woman, cradled a book, her face bathed in the soft glow of the evening light. Their eyes met fleetingly, a momentary, a connection in the quietude of the cafe, as if the universe conspired to bring their worlds together, if only for an instant.

 

わたし:フランス語で、村上春樹の小説のような文章を書いて

Chat GPT:Dans la lueur tamisée d'un café parisien, il était assis seul, perdu dans ses pensées. À travers la vitre embuée, une silhouette solitaire, une femme, tenait un livre, son visage baigné par la douce lumière du soir. Leurs regards se coisèrent fugacement, une connexion éphémère dans la quiétude du café, comme si l'univers conspirait à réunir leurs mondes, ne serait-ce qu'un instant.

 

 Chat GPTに「村上春樹の小説ような文章を書いて」と問いかけ、多言語で生成してもらった文章をずらりと並べて、このインタビューにひもづくカルーセルを作成しました。つらつらとAIが打ち返してくれる様子には思わず声が漏れましたが、私のイメージする村上春樹さんのような比喩をもっと聞きたかったな、と少々物足りなさも感じてしまったのが正直なところです。

 

 言語学者の瀬戸賢一先生は、「AIが一番弱いのは比喩ではないか」と指摘されます。ことばで味を表現することの難しさ、比喩は飾りではない、○は□になりうるか、など瀬戸先生にことばの世界に誘っていただきました。

(聞き手・島貫柚子)

※瀬戸賢一さんは5月30日付け朝日新聞夕刊「グッとグルメ」に登場しました。

 

 

――瀬戸さんのご専門はレトリックとのことですが、味の表現も研究なさっているとか。

 言葉で味を表現するっていうのは結構難しいんです。テレビもグルメ番組がいっぱいあるけれど、どのチャンネルでも「ヤバっ」「ウマっ」「コレナニ」とかで済ましていて、ほとんど味の表現が出てきません。言葉は組み合わせて使うものなので、味よりもうんと種類が多いはずなんですけどね。

 

――今までお読みになった文学作品で、味の表現に感銘を受けた作品は何かあるでしょうか。

 それなら、開高健ですね。いろんな面ですごい人ですけれど、味についてどこまで言葉で表現できるか、勝負しているみたいでね。一級のものなら、短編「ロマネ・コンティ・一九三五年」。ロマネ・コンティというのは高級な赤ワインで、それに匹敵するおいしいワインを飲んだ時の思いを文章で綴っているのですが、あれはもう痺れました。ここまで言葉で表現できるのか、と。

 向田邦子もいいですね。大げさな表現はしません。自分で料理をした人だし、お皿の選び方とかも含めて文章としては一級品ですね。素直に、飾らずに書く。素直な気持ちを書こうとして、その工夫をするなかで比喩が生まれるんです。比喩っていうのは、言葉を「飾っている」わけじゃないんです。自分の気持ちにもっとも寄り添った表現なのです。

 

  比喩の世界に入ることでしか、表現できないこともたくさんあります。たとえば抽象概念。時間とか愛とか人生について語ろうとしたら、もう比喩の世界に入るしかないんです。

 時間って何?と言うと「時間が過ぎる」とか「時間を大切にする」とかの背景には,それぞれ時間を流れやお金に見立てたメタファーが隠れていますよね。時間給は、時間=お金、まさに時は金なり。あれも比喩ですね。人生について考えるなら、「人生を歩む」「進路を考える」。これは人生を旅にたとえているんです。‟Life is a journey.” 自分は旅人だからいま「壁にぶつかっている」「曲がり角にいる」。また「かけ抜けていく」し、死んでしまっても「三途の川を渡る」。全部メタファーで作り上げた世界なんです。ですから比喩は私たちの思考法そのものなんです。

 

――文字などを入力すると、テキストや画像などで応答する人工知能である生成AIを活用することもある昨今ですが、生成AIに巧みな比喩はつくり出せると思われますか。

 やはり一番弱いのが鮮度の高い比喩の部分じゃないかと思います。広く言えば創造的な、クリエイションの部分。AI というのは過去の膨大なデータを収集して、そこから平均値的なものを出力してきますから、まったく新しく作り出すのは、不得手だったり充分じゃなかったりするだろうなと思うんです。「一期一会」などの比喩は日常言語の一部になっていますが、その場でまったく新しい適切な比喩をAIが生み出すのは困難だろうという気がします。過去のデータがないですから。

 

――第170回芥川賞受賞作「東京都同情塔」の作者である九段理江さんが、単行本の1ページにも満たない分量ではあるものの、Chat GPTを使って執筆したというような発言したことが話題を呼びました。

 「東京都同情塔」では、問いかけに対してAI が返答するシーンがあるのですが、九段さんは、まあもちろん生成AIの回答に手を加えて小説のなかに盛り込んでいるようですが、それでもやはり AI の回答部分を読むと、非常に「丸い」と思いましたね。

 

――丸い?

 AIの回答は卒がないんですよ。ただ、印象には残らない。一方で九段さんの文章はとても個性的で、新鮮で、私はその落差が面白かったですね。生成AIの回答を参考にしたという箇所は、予定調和的なものを感じてしまったんです。今風の言葉で言ったら刺さるって言えばいいんですかね。心に刺さるような文章じゃなかった。まあ当然、小説のあのシーンにおいては適切なまとめ方ではあるんですけれど。AIの回答を参考にしたという箇所は、読者の心に刺さるとか説得力のある、印象的な文章ではないなというのが私の感想です。尖った文章に対する丸まった文章。

 人間とAIの思考の違いとして、私の頭の中にあるのは、立方体のような四角い箱の中に丸い風船を入れていくイメージ。空気を入れていけば風船はどんどん膨らんでいくけれど、四隅はなかなか埋まらないでしょう。風船の中身は、これからますます充実していくと思うんですが、やはりどうしても隅まで届かないんじゃないか。文章表現がどこまで広がっていくのか。あるいは壁が立ちはだかるのか。そして、そんな課題をどう克服していくのか。その辺を克服したら、もう人間と全く同じになってしまいますがね。

 だけれど四隅に残る部分というのは、今私たちが想像しているより実際はうんと広いのかもしれない。AI が人間に取って代わるんじゃないかなんて言われることもありますが、そんなことはなく、四隅は常に残るんじゃないか。これはまあ希望も含めていますが、私はそんな風に考えています。

 

 たとえば、言葉のやりとりは、短いセンテンスであっても常に文脈があって、文脈がカバーしてくれる意味合いはものすごく大きいと思うんですね。お互いに情報共有している度合いであるとか、相手の理解度とか、そういうものを判断して会話は成立するのですが、AIがそんな文脈をすべて汲んで、その場にふさわしい言葉を返せるかどうかは、まだかなり疑問かなと思います。

 これは言語学でいう「語用論」の分野にあたりますが、わかりやすい例をあげると部屋のなかで、「ちょっと蒸し暑くなってきたね」と言えば、その意味は「誰か窓際の人窓を開けてください」という意味かもしれないし、それを察して誰かが窓を開けてくれる。あるいはエアコンのスイッチを入れてくれる。人間はそうやって推論して意味を理解していますが、それを AI が全部適切にやれるのかというと、確かめたわけではないですが、まだそうはならないと思いますね。

 

――もしiPhoneのSiriに「ちょっと暑くなってきたね」と話しかけたら、「今日の東京は最高気温が何度で……」とか返してきそうですね。

 そうそう。「東京の温度は何度です。熊谷では何度です」とか、そんなことを返しそうな気がしますね。

 

ーー日本語は、あいまいさや空気感を大切にしている言葉だと感じます。

 それを「文脈依存性」と呼ぶのですが、日本語というのは、非常に文脈依存度が高い言葉なんです。それは別に欠点でもなんでもないけれど、要するに夫婦の会話みたいなわけですよ。わかってることはすべて省略してしまう。ただ英語であっても、親しい人とか夫婦の間の会話だったら省略することはあります。“Do you like it?”(気に入った?)でも、最初のDoを省略して“You like it?”とかYou も省略して” Like it ? ”とか言うことはいくらでもある。生成AIのレベルについて英語は相当優秀であり,日本語ではやや劣ると言われてますが,それはインプットされたデータ量の違いにもよるでしょうが,日本語の文脈依存度の高さも影響していそうです。それにしても生成AIは秒速で進歩しています。今日できなかったことが明日にはできるようになっている世界です。全く予断を許しませんね。

 

※瀬戸賢一さんは5月30日付け朝日新聞夕刊「グッとグルメ」に登場しました。

 

 

 

Profile

瀬戸賢一

せと・けんいち 1951年生まれ、京都府出身。大阪市立大学名誉教授。専門はレトリック・言語学。著作に「おいしい味の表現術」(集英社インターナショナル)、「ことばは味を超える」(海鳴社)、「[例解]現代レトリック事典」(共編著、大修館書店)など。

 

▼瀬戸賢一さんグッとグルメはこちらから(配信は5月30日午後4時)

 https://www.asahi-mullion.com/column/article/ggourmet/6072

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