京都は伏見稲荷大社の街道筋の奥に、十数年ほど前にひっそりとできた店で、思い切って顔を出してみたら非常に良かった。近所なので、今日のお昼にカレーを食べに行こうかなと、ちょろっとのぞきにいって、入れそうかなと戸を開け、見て、あ、ダメそうだと思ったらすぐ帰ってきたり。
店を切り盛りしているご夫婦は、お二人とも非常に本が好きで物知り。いつも本の話をして楽しんでいます。私はレトリックを研究していますが、味の表現がすごい文章家といったら、開高健。とくに短編「ロマネ・コンティ・一九三五年」は、高級ワインを飲んだ時の思いをつづっているのですが、あれはしびれました。いやあ、ここまで言葉で表現できるのか、と。それはもう比喩だらけ。
ここのコース料理も、「例え」で全ての品を表現し切っているのが見事です。数年前の5月のメニューの前菜は素晴らしかった。まずは、こいのぼり。「吹き流し」をそうめんで表現していた。正面にエビでかたどった「かぶと」があったり、竹の器にタケノコを入れ、下に昆布を敷いたり……と、見て楽しい。
10年以上もの時を月替わりで創作し続けるなんて、ものすごい努力だと思います。次に何が出てくるのか、楽しみですね。
(聞き手・島貫柚子)
◆京都市伏見区深草一ノ坪町20の13(☎075・644・1530)。2200円。午前11時半~午後6時(ラストオーダー5時)。(日)、6月1日を除く毎月1日休み。予約推奨。写真は6月メニューで、アジサイの前菜、鱧のふんわり蒸し、旬魚の山椒焼きなど。
せと・けんいち 1951年生まれ、京都府出身。大阪市立大学名誉教授。専門はレトリック・言語学。著作に「おいしい味の表現術」(集英社インターナショナル)、「ことばは味を超える」(海鳴社)、「[例解]現代レトリック事典」(共編著、大修館書店)など。
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