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森雪から講談師に 麻上洋子から一龍斎春水に

宇宙戦艦ヤマト放送開始50周年

 「宇宙戦艦ヤマト」のテレビ放送が始まって今年で50周年になります。ヒロインの森雪の声を演じていた麻上洋子さんは、いま講談師の一龍斎春水(いちりゅうさい・はるみ)として高座に上がりながら、後進の声優の指導にもあたっています。

(聞き手・桝井政則=こだぬき会の元会員)

 

――宇宙戦艦ヤマトが始まって50周年になります。デビュー直後に森雪という声優人生を決定づけてしまう大きな役と出会いました。

 

 ヤマトが始まる前年(1973年)、アニメ「ゼロテスター」でデビューしたばかり。ヤマトはオーディションを受けましたが、つくり込まずにそのままやればいい、と言われていました。声優としての経験は浅く、役づくりを考え抜いたところで付け焼き刃だったでしょう。

 私は20代になったばかりで、雪も同世代。作品から伝わってくるその年頃の女性の感覚、感情をいま私に起こったこととして自然にしゃべることはできると思っていたので、ただただナチュラルに。雪の正義感とかツンデレぶりとか、つくらず感じたままをストレートに出していました。

 一度、アテレコですごい悲鳴をあげたことがあるんです。そしたらディレクターに「ああいう悲鳴、普通の俳優さんはかえって出せない。ありがとう」と感謝されて。雪を演じていて難しいと感じることはありませんでした。

 現場の熱気は覚えています。そのころアニメ制作に関わっている人って、ほとんどが虫プロ(手塚治虫がつくったアニメ制作会社)出身だった。その虫プロが解散した直後で、もっと面白いアニメをつくろうと燃えていたんですよ。

 

 

――アニメ声優の一号と言われます。当時、声の仕事をしていたのは舞台を主な活躍の場とする俳優で、声の仕事は演技スキルを発揮する場の一つという感じでした。アニメだけじゃなく、洋画の吹き替えなんかもありました。でも春水さんはアニメの声を演じたくて、できたばかりの声優学校に通い、声優になりました。

 

 私ほどアニメが好きでこの絵が好きでこの絵の声をやりたい人は現場にいない、描かれたこの世界に入り込みたい人はいない、そう自負していました。「アトム」や「ムーミン」を見て育ちましたから。アニメの声を演じたくてこの世界に飛び込んだ最初の世代です。

 でも「声優なんて職業はない、俳優だ」という人もいたし、ヤマトの現場で「声優を目標にするのは違う、芝居を、役者をやらなきゃ」と諭されて劇団の養成所に入りました。舞台は10年くらい続けましたよ。でも舞台は好きじゃなくて、声の表現が上手になりたいからやっている、と自分を納得させました。

 

 

――春水さんが活躍し始めたころ、アニメキャラクターだけじゃなく声優本人にスポットライトが当たり出しました。「アニメージュ」(1978年創刊)などアニメ雑誌で仕事や私生活を密着リポートする企画が組まれたり、人気投票があったり。春水さん自身はラジオ番組「アニメトピア」のパーソナリティーを務め、「哀しみのサテン人形(ドール)/冬薔薇」という曲で歌手デビューし、水着の撮影にまでチャレンジしました。声優では初のファンクラブ「こだぬき会」もできました。

 

 レコードを出すきっかけは、ささきいさおさんら歌手の人たちが出演するイベントに引っ張り出されるのが多かったから。みんなは歌うのに私は朗読とかを披露していました。「歌えたらいいね」というやりとりがいつの間にか……。いろいろやらせてもらいましたが、私の努力が実ったわけじゃなく、たまたますごい作品と出会ったおかげ。時代ってことですよね。先輩から「なんだ、この子は」という風に見られているのかな、と考えることもありました。

 でも私の人気なんて、ヤマトの古代進役、富山敬(とみやま・けい)さんの足元にも及びませんでしたよ。富山さんに届くファンレターが1万通なら、私には1千通という具合。ファンの方が私の自宅を訪ねてきて、私が留守だったので母が応対して、というようなことはありましたね。

 

 

――ヤマトの森雪のあと、「銀河鉄道999」のガラスのクレア、「シティーハンター」の野上冴子、「名探偵ホームズ」のハドソン夫人といった印象的な役をたくさん演じてきました。実力も人気も兼ね備える一線の声優だったのに、どうして講談の世界に飛び込んだのですか。

 

 もっと声の表現を磨きたくて勉強する場所を探していたんです。劇団で芝居に挑戦したけれど、居心地が悪くて。劇団員全員がせりふがうまいかといえば、そんなこともない。せりふはいまいちだけど動くのは上手とか、舞台ではいろいろな持ち味の発揮の仕方がありますよね。でも、私は声にこだわっていました。

 あるとき、朗読のグループに先輩声優が参加しているのを知って、入れてもらいました。本を座って読むのですが、ドラマのうねりをつくり上げ、役としてせりふを言うのはもちろん、ナレーションも淡々と読むのではなく、光や風まで感じられるよう、声で表現する。これだなと確信したので舞台をやめてこちらをまた10年ほど続けました。

 そのうち、朗読する空間の使い方がもったいない、と思い始めました。朗読する人と聴いているお客様が同じ空間にいて、お客様はお行儀良く聴いてくれる。語り手と聴き手のキャッチボールがもっと活発だといいな、お客様もときに大声で笑ったり、退屈ならトイレに行ったり、自由にふるまっていいんじゃないかって考えるようになりました。

 朗読の物足りなさに悩んでいた折、旧知の構成作家の先生と電車でばったり出会い、相談してみたんです。そうしたら「伝統芸能に関心ある? 女性に合ってるから講談を勉強してみなさい」と勧められました。一中節や地唄舞は習っていましたが、語り芸は落語さえ生で聴いたことはない。ましてや講談なんて、と思ったのですが、「知っている先生がいるから」と紹介されたのが、のちに入門する一龍斎貞水という人でした。

 ある日、誘われて師匠の独演会を舞台袖でみる機会がありました。目の前にお客さんがいるので、師匠は自分の世界に入り込むのではなく、客席のあちこちに目線を送る。お客様は師匠の声や視線に反応して、笑ったり、緊張して静かになったり。そのとき、師匠が鵜飼いをしているように映ったんです。師匠とお客様がつながっていて、講談を披露しながら、鵜匠の師匠が綱を引っ張ったり、緩めたりするようにお客様との間合い、空気を操っていたんです。朗読をやっていて物足りなかったものを講談は果たせる!私が思い描いていた空間はここだ!と40歳にして入門したのが1992年9月。前座見習いとして師匠の下足をそろえたり、着物をたたんだり、お茶を出したりという下働き修業から始めました。

 

 

――その後、1996年に二ツ目、2004年真打ちと昇進しました。いまは詩人の金子みすゞの新作講談に力を入れていますね。

 

 入門したての講談師が最初に習うのは軍記物「三方ケ原(みかたがはら)軍記」(武田信玄と徳川家康の戦い)で「頃は元亀(げんき)三年壬申歳(みずのえさるどし)十月の十四日……」。何を言っているのかさっぱりわからない。師匠が読んでくれるんだけど眠くなっちゃって。でも講談を身につけないといけない。戦いといえばヤマトも軍記物だなあと思いつき、「頃は2199年……」とヤマト講談をつくったこともあります。

 とはいえ、私がほかの講談師と同じように「切った張った」のお侍の話をしても面白いと思えない。忠義とか義士伝はあまり興味がわかない。それよりも女性の人物伝を語るのが一番わかる。女性ならではの苦労とか、男集団に阻まれる悔しさとか、共感できるわけです。女性の話を新作でやりたいと考えていたところに、お客様から厚い手紙と本が届きました。幼くして四肢を切断しながら強く生きた中村久子さんの本。手紙に「あなたが語って顕彰してくださったらうれしい」と。本を読んだら涙がこぼれ、絶対にこれをやろうと決心し、全10話の新作講談「中村久子伝」をつくりました。

 これを高座にかけ続けていたら、今度もお客様から「こんな風に女性の物語を語れるのなら、ぜひ金子みすゞさんにもチャレンジしてください。あなたの声、雰囲気に合っている」と勧められました。それまでまったく知らなかったのですが、詩を読んでみたらどんどん胸の中に落ちてくる。よく知られている「大漁」とか、なんて素敵な詩なんだろうと感動したんです。その後、いろいろ調べてみたのですが、詩は翻訳もされて世界中に広まるほど有名だけど、彼女の人生はあまり知られていない。しかも長く埋もれていた金子みすゞを掘り起こした人たちにも劇的なドラマがある。昨年、10年計画で一つのストーリーをつむぐ「金子みすゞ伝」という講談の会をスタートしました。ライフワークですね。

 

――講談に飛び込むきっかけとなった、演者とお客様の自由な空間はご自身の会でつくれていますか。

 

 時々できます。大好きな「久子伝」「みすゞ伝」だと割とできているのですが、古典は手強いですね。なので、しょうがないから台本通りに素直に読むといい空間になることもある。何人もの講談師が磨き上げてきた古典の力を感じます。師匠が大切にしていた演目に「鉢の木」というのがあります。品があって女性講談師もきちっとできる作品なので、私も大事にしたいですね。

 

【18日の朝日新聞夕刊にも一龍斎春水さんが登場】

人気コラム「グッとグルメ」でお気に入りの食べ物「ブールミッシュのバスク風チーズケーキ」をたっぷりお話しただきました。

18日午後4時に朝日マリオン・コム(https://www.asahi-mullion.com/column/article/ggourmet)でも配信します。