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バレーボールコートから田んぼへ 米農家の矜持を守るために

元バレーボール日本代表選手・監督 中垣内祐一さんインタビュー

 

 日本代表選手、監督として、男子バレーボールを引っ張ってきた中垣内祐一(57)さん。東京五輪を終え、2022年、故郷の福井で米農家を継ぎました。

 コートを離れ、米作りで日焼けした顔に、時折、選手時代を彷彿とさせる精悍(せいかん)な眼差しをのぞかせながら、福井の暮らし、昨今のお米問題を、ざっくばらんに語ってくれました。(聞き手・三品智子)

 

 ※中垣内祐一さんは5月29日(木)朝日新聞夕刊「グッとグルメ」に登場。

https://www.asahi-mullion.com/column/article/ggourmet/6505

 

 

■故郷・福井での日々 米農家と大学教授

 

 ーー実家が江戸時代から13代続く米農家で、20代のころから家業を継ぐと決めていたそうですね。実際に農業に携わってみて、いかがですか?想定外だったことはありますか?

 

  思いのほか自分は歳をとっていたということでしょうか。過去にスポーツをしていたとか、そんなことは、まったく農業には関係なくて。農業って大変なんですよ。何がって? そりゃ、日々の作業のひとつひとつがですよ! 腰をかがめて、持ち上げて、運んで……。農業は、名もなき作業の連続です。体力に自信があった私にとっても、農作業は重労働です。もうすぐ60歳、体はあちこち痛いですし。

 2020年に農業法人を立ち上げ、22年に代表に就任しました。父を含む数人のスタッフとコシヒカリや福井県のブランド米のいちほまれなどを作っています。わからないことがあれば周りの人たちに教えてもらっています。

 22年10月から、米農家のかたわら、福井工業大学の教授も務めています。授業はもちろん、卒論の指導もします。長年バレーボールに携わり、日本代表や実業団の監督を務め、若い世代の育成に尽力してきましたが、大学における教育や研究は、監督とは違うとあらためて感じています。

 大学にはそれぞれの分野で研究を続けてこられた先生方がいらっしゃいます。そうした先生方のサポートを受けながら、私も学んでいるところです。

 

 ーー米農家と大学教授、両立は大変そうですね。

 

  忙しいですよ。毎日、田んぼに行って、スタッフと作業内容などの打ち合わせをしてから、大学に出勤しています。

 ただ、米農家を継ぐことは元々決めていたことですし、かつて、教員として福井に戻ろうと考えていたこともあったので、どちらも実現した形です。

 今年で就農3年目、まだまだトライ&エラーを重ねています。

 

 大学でバレーボールの指導をする中垣内祐一さん

 

■米農家の矜持(きょうじ)

 ーー36ヘクタールの田んぼで、コシヒカリやいちほまれなどを作っていらっしゃると聞きました。耕作地が少し広がったそうですね?

 

  広がったのは、農業をやめた方から借り受けた分です。生産者の高齢化は進み、機械は古くなり、農業をやめる人は今後も増えていくのではないでしょうか。そのような事情から、我々のような農業法人が耕作を引き継ぎ、今後も農地は増えていく可能性はあります。ただ、私は、やみくもに、農地の広さだけを追うような農業をしたいわけではありません。あくまで、品質にこだわった米作りがしたい。お客さんに喜んでもらえて、自分たちが納得できる品質のものを作ること、それを一番に考えています。

 

 ーー納得できる品質とは?

 

  おいしいと思えること。味、香り、色つや、お米のおいしさはここに差が出ると思います。お米は同じ品種でも生産者によって全然違います。炊き方に左右されるものでもありません。

 米作りをするようになり、毎日味を確認しながら食べているので、お米の味に敏感になったと感じます。今まで気がつかなかったようなお米の味の差に、最近とみに気がつくようになりました。

 味なんてどうでもよくて、とにかく量を多く作るという考え方もあります。一方で、自分の手の届く範囲の面積で、品質にこだわって米作りをしている農家は世の中にはたくさんいます。

 また、米作りの工程は手間も時間もかかります。苗は買ってきたり、稲を刈り取った段階で売るなど、農家によって、それぞれのやり方があります。私たちは、種から精米まで、米作りの工程をすべて自社で行っています。もちろん、手間はかかりますが、自分たちが納得できる品質の米作りを追求する、私はそういう農家でありたいと思っています。

 

 ーー中垣内さんが作る特別栽培米コシヒカリを使った福井名物の「焼き鯖寿司」を食べました。お米もおいしかったです。

 

  そう言ってもらえるように頑張っています。私は「ウチの米はうまい」とは絶対に言いません。お米の味は、食べた人に判断してもらうものだと思っていますから。「おいしかった」、その一言のために、米作りをしていると言っても過言ではありません。

 

 コンバインに乗り、米を収穫する中垣内祐一さん

 

■ジレンマ 赤字からの脱却、でも?

 

 ーーお米の値上がりが社会問題になっていますね。

 

 今までが安すぎたのだと思います。このままいくと、うちは昨年と比べて多少黒字となる見込みです。しかし、だましだまし使ってきた古いトラクターを買い替え、設備を整えなければ、米作りは続けられません。トラクターは1500万円ぐらい、1台では足りないし、アタッチメントも必要、コンバインに至っては2000万円を超え、乾燥機や建屋も必要。もちろん、全額は払えないので、借金をし、補助金を充て……。これらがないと、今、米作りはできなくなっている。米作りにはお金がかかるようになっていると感じます。

 「農地の広さだけを追うような農業はしたくない」と申しましたが、果たして、小さな農家が高級外国車並みの金額のトラクターを買えるでしょうか。今使っている機材が壊れてしまったら、そこで農業を諦めざるを得ない、そんな農家が後を絶たないのが現実です。

 これまで、米農家の多くが赤字を抱えてきたと聞きます。実際に、うちも2年前まで赤字でした。今年、米の価格が上がって、米農家にわずかに収益がもたらされたとしても、根本的な改善には至らないとみています。

 農作業は重労働です。そのうえ、赤字を抱えながらも、農家がお米を作り続けてきたのはなぜでしょうか。

 米作りをして、少しわかったような気がします。

 「おいしい」、その一言がどんなにうれしいか。その一言を聞きたくてがんばっているのだと。

 今後、米作りを続けていくためには、ある程度、農地を広げ、収益の確保を目指す必要もあるでしょう。

 ですが、「おいしい」と喜んでもらえて、自分たちが納得できる品質のお米を作る、そんな農業を追求していきたいと考えています。

 

▼朝日新聞夕刊 グッとグルメ 中垣内祐一さんのおすすめ 

越前三國湊屋「元祖焼き鯖寿司」

https://www.asahi-mullion.com/column/article/ggourmet/6505

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