半世紀余り前、編集者になりました。あらゆる角度から人間を描くのが文学だと思います。暮らしと切り離せない食を巡る描写力は、作家の力量でしょう。
藤沢周平さんを長く担当しました。山形・庄内を舞台にした作品で知られています。生まれ育った自然豊かな故郷です。思い入れが深いだけに、記憶の引き出しから春夏秋冬の味を自在に取り出し、登場人物の胸の内を映し出しました。
私にとって故郷の味といえば「焼うに」です。三陸のウニをアワビの貝殻にたっぷりと盛り、焼き上げた品。口にすると、ふっと磯の香りが立ち、ほの甘く、まったりとしたうまさが広がる。ごはんにのせ、しょうゆをちょっぴり。こたえられません。「これ、うまいんだよね」。食通で知られた池波正太郎さんも、持参すると相好を崩していました。
産地の重茂漁協(岩手県宮古市)の話では、三陸の豊かな昆布を食べたウニを使うので味わい深くなるのだとか。値は張りますが、我が家では冷凍保存して常時確保しています。
いま昭和の作家を追い、小評伝をつづっていますが、書くという作業は体力勝負と気づきました。好きなことをして好きなものを食って、しっかり箸を動かせていれば、筆も止まらんでしょう。(聞き手・木元健二)