小さい頃、祖父(能楽師の八世片山九郎右衛門)のそばで食べた思い出の一品です。ふっくらした甘いおあげが大好きで。出前の丼のふたを取って大きなおあげが見えると、ものすごくうれしかった。器の柄まで覚えてます。おだしのしっかりきいたおつゆは、最後まで飲み干します。優しい食感のおうどんとさっと煮た九条ねぎによく合うんです。
家族や書生さんみんなでお店へ行くこともありました。祖母の先代四世や父(九世片山九郎右衛門)にも好みの品がありましたね。帳場や上がりの畳がある昔ながらのしつらえもほっとします。くたびれてしんどい時、さぶうてあったまりたい時、この「甘ぎつね」が浮かびます。甘くないおあげを刻んだ京都ならではの「刻みきつね」も好きです。
朝のお稽古に行く時間は、おだしを取ったりシイタケ炊いたりしてはんにゃろね。おうどん屋さんの匂いてええなあと思いつつお店の前を通ります。そろそろ「都をどり」の準備で忙しくなりますが、そんな時ほど寄せてもらいたい。あったかいおうどんでほっこりするのは、他の何にも代えがたいええ気分です。
◆京都市東山区祇園町北側254(問い合わせは075・561・3350)。
950円。
午前11時半~午後8時。木休み。
いのうえ・やちよ 1956年京都生まれ。京舞井上流五世家元。人間国宝。
京都最大の花街・祇園甲部の芸舞妓を指導し、春の風物詩「都をどり」(4月1~27日、南座)の振り付けを担当。