大学で上京した私が帰郷するたびに、昨年3月に他界した父が連れてきてくれたお店です。母と私がここのそばが大好きで。「へぎ」と呼ばれる四角い器に、ほんのり鶯色をしたそばが、織物の糸のように丸めて盛られた姿にほれぼれします。つゆにちょこっとつけて、のどごしを楽しみます。きりっと冷やしたそばに天ぷらを添えたものが定番ですね。
実家は桐だんすの製造販売をしていたので、着物になじみがありました。新潟県魚沼地方発祥といわれるへぎそばは、つなぎに「布海苔」を使うのですが、織物の町でもあるこの土地で、糸を紡ぐときにつかっていた海藻を転用したものです。実家の生業とのつながりを感じる、ソウルフードなんです。
仕事柄、温泉を訪ねて回るので、旅先のおいしいものに出会いますが、やはり家族と食べたこの味の記憶が私にとって大切ですね。
でも好みはそれぞれ。母はもっぱら「にしんそば」、父に至っては「天丼」がお気に入り。店員さんに「ここの丼モノ、うまいよな」なんて話しかけたりして。自分では好んで食べないそばでも、家族のために連れて来てくれた父の人柄もにじみ出て、ここのへぎそばが一層恋しいですね。
◆新潟県長岡市にある殿町本店のほか、県内3店舗と東京・立川でも展開。
1980円。
へぎそばは通販も可(問い合わせは0120・347201)。
やまざき・まゆみ 温泉エッセイスト。
国土交通省が中心に進める訪日外国人旅行の促進を図る「VISIT JAPAN大使」を務める。近年はバリアフリー温泉の普及活動の他、「行ってみようよ!親孝行温泉」(昭文社)など著作多数。