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映画で学ぶ「非常戒厳」で揺れる韓国の現代史

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 韓国が突然の「非常戒厳」で揺れる中、日本で公開中のドキュメンタリー「オン・ザ・ロード~不屈の男、金大中~」(ミン・ファンギ監督)が注目を集めている。今年生誕100周年を迎えた元大統領、故・金大中(キム・デジュン)氏(1924~2009年)の半生をたどった映画だ。

 12月3日夜、「大変なことになった」という知人からの連絡を受けてテレビをつけると、「非常戒厳宣布」という目を疑う速報が流れていた。一瞬緊張したが、実況中継で見る限り、国会に押し入る軍の動きは消極的で次々に野党議員が国会入りする様子を見てホッとしつつ、4日午前1時には「戒厳解除要求案可決」が報じられ、眠りについた。

 非常戒厳は解除されたものの、余波は大きかった。野党は非常戒厳を宣布した尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領の弾劾訴追案を発議した。7日の評決は与党議員がボイコットして不成立となったが、14日には2度目の評決が行われ、与党議員も一部賛成票を投じて可決された。

 私は7日、ソウル郊外で開かれた小さな映画祭に参加したが、映画関係者の一部は評決が始まる夕方になると国会前に向かった。弾劾訴追案可決を求める集会に加わるためだ。この日は約15万人(警察推計)の市民が国会前に集まった。映画界は軍事政権下で表現の自由を求めて闘った歴史があり、民主主義を踏みにじるような動きに敏感だ。ポン・ジュノ監督や俳優のムン・ソリら2500人あまりの映画人が、尹錫悦大統領の罷免と拘束を求める声明を発表した。

 非常戒厳をめぐって、故・全斗煥(チョン・ドゥファン)元大統領を思い浮かべた人も多かった。昨年大ヒットした映画「ソウルの春」(キム・ソンス監督)の影響も大きい。1979年の全斗煥氏が中心となった軍事クーデターを描いた映画だった。

 「オン・ザ・ロード」は金大中氏の演説の映像や、本人や関係者のインタビューで構成され、金大中氏が政治家として頭角を現し、民主化運動の象徴的存在として活躍する87年までが描かれている。民主化が実現し、金大中氏が大統領に就任するのは98年のことだ。

 

 

 79年のクーデターで実権を握った全斗煥氏は80年5月、非常戒厳を全国に拡大し、金大中氏を含む政治家らを連行した。金大中氏を共産主義者に仕立て上げることが目的だ。同じ5月に光州民主化運動が戒厳軍によって暴力的に鎮圧された。「戒厳解除」「全斗煥退陣」「金大中釈放」を求める光州の市民によるデモだった。拘束中の金大中氏が知ったのは1カ月以上後のことだ。金大中氏は自身の拘束に抗議するデモで多くの市民が犠牲になったと知り、意識を失うほどのショックを受けた。

 

 

 映画では光州民主化運動の当時の様子が映像や写真で出てくる。当時は「光州事態」と報じられ、言論統制によって韓国内では光州以外の地域には実態が伝えられなかった。金大中氏は首謀者とされ、死刑判決を受けた。国内外で金大中救援活動が広まって無期懲役に減刑され、83年に米国へ亡命した。映画のクライマックスは87年、光州を訪れた金大中氏が市民に大歓声で迎えられる場面だ。

 

 

 今回の非常戒厳でも、当初「政治活動の禁止」「言論統制」などが報じられ、数時間で解除されたものの、報道に携わる私も何か制約を受けるのか、一瞬戸惑った。ただ、こんな暴挙を韓国の国民が許すはずがないという確信を持てたのは、2016年から17年にかけて行われた「ろうそく集会」の経験があるからだ。平和的な集会で朴槿恵大統領(当時)を退陣に追い込んだ。

 民主主義を勝ち取った歴史を持つ国の国民を舐めてはいけない。その先頭で闘った金大中氏のドキュメンタリーは、韓国の民主化の歴史そのものだ。

 

 

 「オン・ザ・ロード」は東京のポレポレ東中野をはじめ、大阪、京都、兵庫など各地で上映中。詳細は公式サイトの劇場情報(https://www.sumomo-inc.com/ontheroad)にて。

 

 成川彩(なりかわ・あや)

 韓国在住文化系ライター。朝日新聞記者として9年間、文化を中心に取材。2017年からソウルの大学院へ留学し、韓国映画を学びつつ、日韓の様々なメディアで執筆。2023年「韓国映画・ドラマのなぜ?」(筑摩書房)を出版。新著にエッセー「映画に導かれて暮らす韓国——違いを見つめ、楽しむ50のエッセイ」(クオン)。

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