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水墨画【下】 正木美術館

創立者自ら研究、貴重な作品群

等春「瀟湘八景図 江天暮雪」室町時代(15~16世紀) 紙本墨画
等春「瀟湘八景図 江天暮雪」室町時代(15~16世紀) 紙本墨画
等春「瀟湘八景図 江天暮雪」室町時代(15~16世紀) 紙本墨画 能阿弥自画賛「蓮図」重文 室町時代(1471年) 紙本墨画

 室町水墨画の中でも、美術史的に貴重な作品が多いのが、正木美術館のコレクションです。雪舟が拙宗と名乗っていた時期の作品といわれる重要文化財「撥墨(はつぼく)山水図」や千利休の肖像画、重文「千利休図」など、創立者の実業家、正木孝之が自ら研究して集めた約200点が所蔵されています。

 室町後期の禅僧で、雪舟の弟子・等春の印のある「江天暮雪」。中国山水画の伝統的な画題、瀟湘(しょうしょう)八景の一つで、舞い上がる雪の一瞬の景色を描いています。右下の家の屋根を消すと抽象画。墨の面、紙の白、にじみから想像力を働かせないと、雪景色は見えてこない。墨の表情だけで絵を成り立たせた、上級者向けの作品です。近代にも通じる斬新な墨使いの感覚が、画家の「胸中の丘壑(きゅうがく)(心の中の山水イメージ)」を伝えています。

 墨で素直に描いているのが同中期の能阿弥の「蓮(はす)図」。能阿弥は足利将軍家の同朋衆(どうぼうしゅう)で、中国絵画や工芸品の管理、展示をしながら、連歌や和歌を詠みました。これは75歳の時の作品。蓮は浄土の花で、和歌は辞世の句。自らの最期をさとった静かで穏やかな絵です。水墨画に和歌を入れて和漢を融合させた早い例です。

 どちらも小品ですが、描いているのは対極の動と静。画面と対話しながら、水墨画の奥深い魅力を味わってください。

(聞き手・石井久美子)


 コレクションの概要

 大阪泉州出身の正木孝之(1895~1985)が、工務店や映画館の経営で財をなし、24歳ごろから日本画の収集をはじめた。戦後は、豪商や財閥家の蔵から放出された中世の禅宗文化の墨跡と水墨画、茶道具の収集と研究に取り組んだ。68年、美術館を開館。所蔵品は国宝3件、重文13件を含む約1300件。

 「江天暮雪」は、7月2日まで開催の「風光を仰ぐ」展で、5月18日から展示。重文「蓮図」は、開館50周年を迎える来年の秋季展に展示予定。

《正木美術館》 大阪府忠岡町忠岡中2の9の26(TEL0725・21・6000)。午前10時~午後4時半(入館は30分前まで)。700円。5月16日と(水)休み。

島尾新さん

学習院大文学部教授 島尾新さん

しまお・あらた 日本美術史家。室町時代を中心に水墨画を研究。東京大・美術史学科卒業、同大学院修士課程修了。東京文化財研究所美術部広領域研究室長、多摩美術大教授などを経て現職。「日本美術全集9 水墨画とやまと絵」を責任編集。

(2017年5月16日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)