大阪市立東洋陶磁美術館の安宅(あたか)コレクションを築いた、旧安宅産業会長・安宅英一(1901~94)は、非常に稀有(けう)な収集家でした。多くの収集家が、研究者や美術商の鑑識眼を頼るのに対し、安宅さんは第一に自身の目で選んだ。欲しいと思った作品があれば、その写真を寝床に貼り、必ず手に入れるぞと、眺めながら眠ったそうです。美術品の魔力におかされたとでもいうべきでしょうか。昭和30年代後半から十数年で、中国陶磁の144件の名品を手中にしました。コレクションを見ると、その目筋の高さと執念に、いつも感服します。
ここに取り上げたのは、そのうちの北宋・南宋時代の2作品です。宋は科挙試験で選ばれた官僚による文治政治で、文化度の高かった時代。この国宝「油滴天目(ゆてきてんもく)」の重厚な佇(たたず)まいに、漆黒の釉薬(ゆうやく)に浮かぶ油滴の光彩。「白磁刻花」のやわらかな象牙色に、ナイフですっと彫り上げた流麗な模様。どちらも洗練された知性がにじみ出ていますね。
名品の条件としては、見た目だけではなく、手にした時の「重量感」も大切です。重すぎず軽すぎず、想像を裏切らない重さであること。以前、私は仕事で同館を訪れた際に、油滴天目を手にする機会を得ました。その重さの心地よいこと。至福と得心の瞬間でもありました。
(聞き手・渡辺香)
★どんなコレクション?
旧安宅産業会長・安宅英一の目利きの下、同社が収集した「安宅コレクション」。中国陶磁144件と韓国陶磁793件などから成る約1千点。同社が1977年に破たんした際、主力銀行だった住友銀行を中心にした住友グループ21社により大阪市に寄贈され、展示・研究施設として82年に美術館が設立された。
7月30日まで開催の「安宅コレクション中国陶磁など」で、「油滴天目 茶碗」(展示は6月15日から)と「白磁刻花 蓮花文 洗」を見ることができる。
《大阪市立東洋陶磁美術館》 大阪市北区中之島1の1の26(TEL06・6223・0055)。午前9時半~午後5時(入館は30分前まで)。1200円。7月17日を除く(月)と18日休み。
美術商 川島公之さん かわしま・ただし 東京・京橋の東洋古美術の老舗・繭山龍泉堂代表取締役。東京美術商協同組合理事。日本陶磁協会理事。中国陶磁に精通し、個人の収集のほか、美術館との仲介にも携わる。朝日カルチャーセンターで講師も務めた。 |