近年、異文化交流が盛んです。その源をたどると、東アジアから欧州まで続く交易路・シルクロードにつながるかもしれませんね。その中継地点ともいえる、アフガニスタンからトルコまでの西アジアは、7世紀以降にイスラム教が広まり、東西文化と融合しながら、独特の美術が形成されました。
日本では数少ない西アジア美術の優品を見られるのが、横浜ユーラシア文化館です。東洋学者・江上波夫(1906~2002)が収集した作品群を所蔵し、ユーラシア大陸の各地で使われていた道具や陶器、装飾品を展示しています。
イスラム社会では、宗教的な場面での偶像表現は禁止されていましたが、世俗的な場所では動物や人間を描くこともできました。この水桶(おけ)は青銅製で風呂の水くみ用として作られたもの。15世紀以降の作といわれていますが、表面に刻まれたスフィンクスのような架空の動物は12世紀ごろに流行したモチーフ。丸みを帯びた器形も、エルミタージュ美術館が所蔵する、同時期の「ボブリンスキー手桶」とほぼ同じで、制作時期は検討の余地があるかもしれません。口縁部には繁栄や長命など、持ち主への祝福の言葉が刻印されています。
一方で、11世紀のコインの表面には、「神のほかに神はなし」などの文字が見られます。どちらも文字を装飾的に表現しているのが特徴です。
(聞き手・石井久美子)
★どんなコレクション?
東洋学者・江上波夫が長年の研究生活の中で収集した約2500点の資料と2万5千冊の文献を、晩年を過ごした横浜市に寄贈したことをきっかけに2003年に開館。旧石器時代から現代まで、ユーラシア全域にわたる作品を所蔵。「砂漠と草原」「色と形」など五つのコーナーに分けて展示している。西アジア美術に関する作品は23点。「青銅製刻線文水桶」と「ディーナール金貨」は、常設展示。
《横浜ユーラシア文化館》 横浜市中区日本大通12(TEL045・663・2424)。午前9時半~午後5時(入館は30分前まで)。200円、小中学生100円。(月)と、12月28日~1月3日休み。
東京大東洋文化研究所教授 桝屋友子 ますや・ともこ 東洋文化研究所所長。東京大大学院修士課程修了。ニューヨーク大大学院博士号取得。専門はイスラム美術、特にイランにおけるイスラム美術を研究。著書に、「すぐわかるイスラームの美術」「イスラームの写本絵画」など。 |