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圓照寺(福井県小浜市) 不動明王立像

とんだ無沙汰をいたしまして相すみません、みなさま、きょうも堅固でお暮しでしょうか?「みふねの観仏三昧」第三回のこたびは、若狭は小浜(おばま)、圓照寺のお不動さんにお目もじ願いたく存じます。

 

 

さてご当地、古くは御食国(みけつくに)として名高いですが、「海のある奈良」とも称されるほどに仏(ブツ)好きみな狂喜乱舞の聖地なのであります。

圓照寺さんの石段を上り大日堂へと入れば、まなじりなだらかに金色丈六の大日さまがお出迎えくださいます。その左をがっちと固める御仁が不動明王さま。「何びとたりともここを通さん!」と云わんばかりのきっとした、それでいて憂いをたたえた眼差しに総身を貫かれんばかりの衝撃!ぼうと立ち尽くすより他はありません。

 

 

何を隠そうこのわたくし、お不動さんフリークなのです!

私事で恐縮ながら、個人的にもっとも親しみがあり、ご縁を感ずるその一端を申しますと、在所は千葉県佐倉というところなのですが、生れは成田のお不動さんのお側でありました。家移りしたのちも深川不動尊なる成田山別院のお膝元で育ったもので、いやはや長くなってしまいそうです(笑)。 閑話休題、圓照寺さんへと戻ることにいたしましょう。

柄を握った右手は胴に引き付け、踏み出された左のおみ足でぐっと地をとらえる、自然わずかに腰を捻るかたち、行く手をひたと見据えたその視線。

明王・天部の仏さまは殊に刹那を切り取ったような、見る者に動きや躍動感を感じせるものが多く、なるほど歌舞伎の見得が仏さまのポーズに倣ったというのも頷けます。

いま少しその像容に着目してみましょう。くるくると束ねた弁髪を肩に垂らし、襷にあやなした条帛(じょうはく)、簡素にまとめられた裳。

 

 

諸説ありますが、お不動さんはインドに古くから暮らす民族、ドラヴィダ族の僮僕(どうぼく)の装いを写しているとも申されます。醜悪でいやしい(とされる)お姿にやつし、われら至愚なる衆生をあますことなく救いとってくださるという、まこと頼もしい仏さまなのです。

お不動さまを前にあれやこれやと思い巡らし、はたと心付く。このお方どこかで……そうだ、名うての大侠客、国定忠治親分ではありませんか!

三鈷剣はさながら小松五郎義兼、羂索は吊縄か、はたまた縄目の恥をば厭い自ら引かれていったものか。思わず「親分!」と駆け寄ってしまいそうな逸る気持ちを抑えます。

 

 

国定忠治はわれわれ浪花節に限らず、講談、新国劇、映画、小説など多岐に亘り、押しも押されぬ民衆のヒーローとして令和の御代まで語り継がれております。その義侠に富んだ一面もさることながら、孤独な兇状旅のなか無宿者が宿命的に抱える悲哀、人間味溢れる弱さこそが愛おしく思われて堪らないのです。

その忠治どんの面影をそっと重ねてみます、するとどうでしょう、お不動さんがやさしく囁きかけてくださいました。

「うちに闇を秘めればこそ、救い難い外道をも真に導くことができるのだ」と。わが子が危難に遭えば親は火の中水の底だってものともしません。もう、なりふり構わず必死の形相。時として心を鬼に叱ることさえある、これもひとえに愛するひとを想えばこそ。そこには「決して見捨てないぞ」という、慈悲のこころがあります。

天下を睥睨するごとくに切先鋭き眼差しは、いつしか朋輩へのいつくしみに満ちた目と感ぜられ、身も心をもあたたかく包んでくれました。

お不動さん、若狭湾の海の幸に舌鼓を打ちながら、あなたと夜もすがらこころゆくまで語らってみたいです。燃え盛る火焔がすべてを焼き尽くすまで、ついてゆきますぜ親分!

 

 

ひろさわ・みふね 曲師(三味線)。千葉県佐倉市出身。歌舞伎や文楽をきっかけに三味線に興味を抱く。浪曲の定席「木馬亭」で聴いた沢村豊子さんの音に魅了され、2015年に入門。幼いころから仏像が好きで、小学生で土門拳「古寺巡礼」を読みふけり、中学生になると一人高速バスに乗って奈良へたびたび仏像めぐりに。いまも多忙な浪曲口演の合間に仏様に会いに行く日々。

広沢美舟曲師十周年「おかげさまです!の会」開催。

日時 8月11日(月・祝)午後7時開演(午後6時30分開場)

場所 東京都江東区のティアラこうとう小ホール

木戸 予約3000円、当日3500円、18歳以下1000円

予約は名前、来場人数、携帯電話を記して、apkikaku@asahi.com へ。

 

 
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◆「みふねの観仏三昧」は毎月第三土曜に配信します。