川崎相続遺言法律事務所(川崎市)の弁護士、勝本広太さん
障害のある子どもの親は、自分たちが病気になったり亡くなったりした後も、子どもが安心して暮らし続けるためにはどうすればいいのかという不安を抱えがちです。子どもの生活支援や金銭管理の問題など、心配事がつきないといいます。こうした「親なき後問題」への対応や準備について、川崎相続遺言法律事務所(川崎市)の弁護士、勝本広太さんに聞きました。
遺言・後見制度・信託をうまく組み合わせる
――障害のある子どもをもつ親の場合、自分が亡くなった後の大きな心配事の一つは、子どもの生活費や金銭管理です。知的障害などで判断力が不十分な場合は、自分で管理することは難しい場合が多いと思います。親が生前から準備できることはありますか。
「親亡き後問題」は、遺言と成年後見制度と家族信託の3つをうまく組み合わせることがポイントです。遺言は弁護士などの専門家に相談しながら、内容に疑義が生じないように公正証書遺言を作成すると安心です。しかし、遺言で障害のあるお子さんにたくさんのお金を残したとしても、適切に管理できるかは別問題として考えなければなりません。計画的に使えずに一気に使ってしまったり、高額な商品の押し売りや詐欺被害に遭ったりしてしまう懸念もあります。そういったケースは遺言ではフォローできないので、別の対策が必要です。
定期的に財産を給付する仕組みをつくれる信託の利用も考えられます。頼れるきょうだいなどにあらかじめ財産を信託しておく家族信託のほか、信託銀行などに財産を預けて財産を管理してもらう特定贈与信託などがあります。
第三者による財産管理や支援が必要であれば、成年後見制度の利用が一案です。ただ、後見人への報酬がかかることや、途中でやめることができない点などを考慮しなければなりません。
――お世話になっているグループホームの法人などに「負担付き遺贈」という形で財産を遺贈して、子どもの生活を担保することは可能ですか?
「負担付き遺贈」は、一定の義務を果たすことを条件として特定の財産を遺贈することです。定期的にお子さんにお金を給付したり、お世話をしたりといった負担を課すことができ、遺贈を受けた人は負担した義務を履行する責任を負います。
負担付き遺贈をする際は、受ける側の法人・施設側に生前にあらかじめ話をして合意を得ておくことが重要です。親の死後に遺贈放棄されてしまうと、希望がかなわなくなってしまうからです。
また、「負担付き」とはいえ財産を法人や施設に渡すことになるため、きちんと信頼できるところなのかを見極める必要もあります。負担した義務を履行しなかったり、経営破綻して遺贈した財産が取られてしまったりする可能性もあります。そういった懸念を考慮すると、負担付き遺贈の対象は、法人・施設よりも親族を主に考えた方が良い制度であるといえます。ただ、負担付き遺贈を受けてくれる親族がいる場合は、家族信託の利用も検討した方が良いでしょう。
任意後見制度は取消権がない点に注意
――成年後見制度は「法定後見」と「任意後見」の2種類あります。どちらを利用すべきでしょうか。
前提として、そもそも成年後見制度を利用すべきかどうか、利用者の話を聞くなどして慎重に検討しましょう。一度利用すると、原則として途中でやめることができないからです。利用すべきと判断した場合にどちらを利用するかは、一概にどちらが良いというわけではないため、法定後見、任意後見それぞれのメリットとデメリットを十分に理解した上で選択しましょう。
任意後見のメリットは、子ども本人が自由に後見人を選べるため、信頼できる家族や親族を確実に後見人にできることです。一方の法定後見は家庭裁判所が後見人を選任するため、弁護士や司法書士などの専門家がつくことが多いと言われています。
しかし、実は「法定後見は親族が後見人に選ばれにくい」というわけではありません。弁護士や司法書士などの専門職がつくことが多いのは、元々親族を候補者に立てていないケースが多いためです。最高裁判所事務総局家庭局が公開しているデータからすると、親族を候補者に立てている場合、約8割程度は親族が後見人に認められているようです。法定後見においても、親族が後見人に選ばれるケースは多くなっています。
そうだとはいえ、候補者が確実に後見人に選任されるわけではありません。最終的に後見人を決定するのは家庭裁判所です。選任された後見人に不満があったとしても、後見人を変更することは容易にはできず、基本的に子が亡くなるまで続き、後見人に対する報酬も発生し続けます。親からすると、誰が子の後見人になるのかは大きな関心事ですから、後見人を選べないことは法定後見の大きなデメリットといえます。
ただ、任意後見の場合も必ず「後見監督人」の選任が必要になります。後見監督人は、家庭裁判所が選任し、原則として弁護士などの専門家が選ばれます。後見監督人への報酬も発生します。
また、任意後見制度には取消権がないことが大きなデメリットの一つです。お子さんが不当な契約や高額な商品を購入してしまった場合、任意後見人はその行為を取り消すことができません。法定後見制度では成年後見人には取消権が与えられています。
―― 任意後見制度で、後見人に社会福祉法人などの法人をつけることも可能ですか?
可能です。個人では、その人が亡くなったり認知症になったりして財産管理が難しくなってしまう可能性がありますが、法人であればそのリスクを避けることができます。
―― 知的障害のある子が任意後見の契約を結ぶことは可能でしょうか。契約締結能力をはかる基準はあるのでしょうか?
任意後見はお子さんご本人が将来後見人になる人と直接契約を結ぶことが必要です。そのため、任意後見はお子さんに契約の判断能力がなければ利用できません。
現在のところ、判断能力について障害の程度などで分けるといった、明確な基準はありません。任意後見契約を締結する際に、公証人がお子さんに意向を確認する段階で、契約内容が理解できていそうかを個別に見ていく形になります。
ただし、お子さんが未成年の場合は、親権者である親が代わって契約を結ぶことも可能とされています。その際は、お子さんの判断能力は関係ありません。
親の認知症リスクも……後見人探しは元気なうちから始める
―― 親なき後の子どもの住まいについても心配です。親が事前に準備できることとしては、どんなことが考えられるでしょうか。
親と同居している場合は、ショートステイなど親以外の第三者の支援のもとで生活する環境に、徐々に慣れてもらう準備をしておくことが重要です。親が健在なうちに成年後見人をつけることも選択肢のひとつです。親が認知症になっても、施設の入所契約などを代わりにしてもらえます。信頼できる後見人候補者を探して後見人になってもらい、知っておいてほしい子どもの情報を後見人に共有したりしておくと安心でしょう。
すでにグループホームや施設に住んでいる場合は、お子さん自身の金銭管理能力の程度によって考える必要があります。グループホームなどの金銭管理サービスを利用するだけで済みそうなのか。それが難しいのであれば、成年後見制度を利用して後見人に財産管理を依頼したり、きょうだいなどの親族にサポートをお願いしたりすることも選択肢に入ってきます。
親亡き後の様々な手続きは「遺言執行」や「死後事務委任」で対応
―― 親が亡くなった後の葬儀や行政手続き、相続手続きなどは、きょうだいがいれば心配は少ないですが、一人っ子の場合は現実的ではありません。親が事前にできることとして「遺言執行」や「死後事務委任契約」を結んでおくといいと聞きます。
お子さんが支援を受けても金融機関や法務局で相続手続きができそうになければ、遺言の内容を実現してくれる「遺言執行者」を指定しておくと安心です。遺言執行者は、遺言の中で指定することができます。遺言書作成の相談をした専門家にそのまま遺言執行者になってもらうとスムーズです。遺言執行者は、お子さんの代わりに不動産の登記手続きや預貯金の解約・払い戻しの手続きを行います。
そして、遺言執行者とは別に、死後事務委任契約を結んでおくことも検討しましょう。死後事務委任契約とは、葬儀、病院・施設の入院費の精算、賃貸物件の明け渡しなど、死後の事務全般を弁護士などの第三者などに委任する生前契約のことです。
死後事務委任契約をする場合、一つ注意点があります。死亡届を出せる人は法律で定められており、親族や同居者、家主や土地管理人、後見人や任意後見受任者などと限られています。弁護士などの第三者が死後事務委任契約の受任者となっていても、死亡届を提出することはできません。死後事務委任契約する場合は、必要に応じて、死亡届をスムーズに提出できるようにあわせて任意後見の契約もしておくことを検討しておきましょう。
―― 最後に、「親亡き後問題」で不安を抱えている親たちに向けてアドバイスをお願いします。
一人で抱え込んでしまうと、思い悩んで堂々巡りになってしまいがちです。できる限りセミナーなどに参加して最新情報をキャッチしたり、地域の役所などの相談先を早めに確保したりしておくことが大切です。
障害のあるお子さんの場合、弁護士などの一人の専門家だけで対応できるわけではなく、福祉的な視点や経済的な視点、法律的な視点といった複合的な視点が必要であるため、さまざまな公的機関や専門家の支援が必要です。そういった人とのつながりを、できるだけ早めに作っておくと安心できるのではないかと思います。
川崎市に事務所を構える。相談の9割以上が相続・遺言についての事案で、相続に関する経験と実績が強み。税理士・司法書士と連携しながら相続税申告や相続登記もワンストップで対応。また、遺言や相続・成年後見に継続的に取り組み、家族信託(民事信託)案件も総合的にサポートしている。
(記事は2025年4月1日現在の情報に基づきます)
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