小野川沿いに、江戸情緒漂う町並みが残る香取市佐原(さわら)地区の一角。師走の初め、広さ10畳ほどの工房に、干支(えと)の犬や招き猫の張り子が所狭しと並ぶ。中央で黙々と絵筆を握るのは、鎌田芳朗(よしろう)さん(82)。千葉県の伝統的工芸品、佐原張子(はりこ)の唯一の職人だ。
19歳の時、病に倒れた創業者の祖父に代わり、急きょ正月用の張り子だるまを制作することになった。「病床の祖父に、絵の具の調合なんかを必死で教わってね」
祖父の死後も制作を続けたが、子どもの頃から不器用で、なかなか上達しない。ぴったりの仕事が他にあるはず、という思いはずっと消えなかった。転機は1999年。「餅つきうさぎ」の佐原張子が年賀切手のデザインに選ばれると、「自分は自分。我が道を行こう」と思えるようになった。
どこかとぼけたような表情の張り子たちが、温かい気持ちになる、と人気だ。「戦争を体験して、平和が一番という思いがにじんでるのかな」と鎌田さん。気がつけば、張り子の種類も60を超えた。春には東京での初個展が控えている。
(文・写真 中村茉莉花)
◆千葉県香取市佐原イ1978(TEL0478・54・2039)。午前9時~午後5時。不定休。佐原駅。