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旅で味わう語り芸の醍醐味

©博多活弁パラダイス実行委員会

 3月から三カ月連続で広島と福岡に通いました。

 「玉川奈々福連続公演 浪曲徹底攻略」全3回というシリーズのために。

 この連載の初回に、浪曲ってどういう芸であるか、ちょこっと説明しましたけれど、浪曲の実演を聴いたことがない、という方も大勢おられると思います。

 浪曲は「物語」を語る芸。で、どういう物語を語るのか、というのが肝心です。

 たとえば古典浪曲でメジャーな演目といえば。

 赤穂義士伝、清水次郎長伝、左甚五郎旅日記、国定忠治旅日記、天保水滸伝、慶安太平記、天保六花撰。まったくわかんない!という方も、いまは多いでしょう。

 いまは新作を作る演者も増えました。私もかなり作っていて、舞台で演じるのは古典と新作と半々くらい、もしかしたら新作のほうが多いかもしれません。

 とはいえ、古くから受け継がれる物語も大事に思っています。

 その中には、自分の人生では生涯言うことがなさそうな、超カッコイイせりふや、心に沁(し)みるせりふ、すっとこどっこいなやりとり……、なにより古くからの私たちの大事な価値観が詰まってる。

 

© 博多活弁パラダイス実行委員会

 

 赤穂義士伝や清水次郎長伝や天保水滸伝といった物語は、50年前くらいまでは多くの人が知っている物語でした。赤穂義士伝(忠臣蔵)は年の暮れになるとテレビドラマで必ずやっていたし、大河ドラマにも何度も取り上げられたし、清水次郎長伝はなにより広沢虎造の浪曲で有名になり、映画にもなり、小説やテレビドラマもたくさん作られている。天保水滸伝は戦前戦後を通じて80本くらい映画になっているし、もちろん小説にもなっていて、かの「座頭市」は天保水滸伝のスピンオフの物語なのです。

 みんなが知っているがゆえに説明不要、浪曲師は「おなじみの○○○○の物語、お時間まで!」で始められた。それが時代が変わってできなくなっちゃったのがつらい。

 なので。

 実演の前に解説をつける公演を思いついたのです。

 これはこういう物語なんですよって、ざくっと言ってから始める。

 題して「浪曲徹底攻略」。

 去年東京で開催して好評で、広島と福岡のお席亭(=公演主催者)が飛びついてくれた。

 

© 博多活弁パラダイス実行委員会

 地方は東京に比べて浪曲会がどうしても少ないから、連続モノや重い話はあまりかけない。一話完結でわかりやすくて楽しいものをかけたい、のが演者の心情です。でもこの企画なら、解説を冒頭につけることで、普段やらない、やれない演目をじっくり聴いてもらうことができる。浪曲を徹底攻略できる!

 選んだのは、清水次郎長伝、天保水滸伝、赤穂義士伝。

 浪曲では有名な物語群です。3月、4月、5月とそれぞれ、解説+2席。長い物語の抜き読みになりますが、聴いてもらいました。

 解説には、その物語が歴史上の人物や事件をもとに造られたものであり、成り立ちやあらすじ、私が語るなかで「萌(も)える」ポイントなどを話します。

 たとえば、「清水次郎長伝」における、奈々福の萌えポイント。

 

 ☆そこはかとなく香るBLみ。
 ☆やりとりが素っ頓狂。
 ☆自分の命を顧みず、自分の信念をこそ重んじる心。
 ☆明日を憂えない心。

 
 清水次郎長伝って能天気で乱暴ですっとこどっこいな男たちの切った張ったの物語群。とにかく、登場人物に「熟慮」とか「深謀遠慮」とかいったものが、ほぼ、ない。問題の解決方法はけんかしかない。馬鹿ばっかり。

 「でもね、馬鹿は世の中の、うるおいです!」

 と、わたくし、解説しながら叫ぶ。おいおい、そりゃ解説じゃなかろう。でも、これでこれから未知の物語を聴く緊張がすっかりほどけるのです。

 旅は単純に楽しい。羽田空港に着いた時点で、わくわくする。

 仕事で旅ができて、浪曲やって、お客さんに喜んでもらえたら、最高です!

 まず広島で公演します。三回連続公演なので、なんと幟(のぼり)まで作ってもらっちゃいました。

 

© 広島で生のらくごを聞く会

 

 大広間にみっしり入ったお客さんを前に解説を25分くらい、そのあと、浪曲二席。

 和室に老若男女。シリーズ企画というのはお客さんがだんだん減るのが常なんですが、これについては、回を追うごとに増えていきました。よく聴いてくれるお客さんでした。

 公演を終え、スタッフの皆さんと打ち上げをして、その日のうちに新幹線で福岡に移動、翌日の夜、福岡で公演。

 5月27日。三カ月連続公演の最終日の福岡公演。アクロス福岡の円形ホールに平日の夜だというのに補助席まで出る大入り。ありがたい。

 お手伝いくださったのは、福岡大学と九州大学の落語研究会の学生さんたち。いずれも浪曲を聴くのは初めてだそうです。

 

 ©博多活弁パラダイス実行委員会

 解説したあとだと聴く態勢ができていて、そこに向かって物語を語り込んでいく。

 ぴくりとも動かない客席。

 息をつめて、聴いてくれている。お客さんが物語に心を浸して、入りこんでくれていることがわかる。

 物語に従って、声に圧をかけたり、逆に息を引いたりしながら、語り込んでいく。私の呼吸に、客席が反応してくれる。物語が沁みていく、沁みていく、沁みていく……。

 これが、語り芸の醍醐(だいご)味。こんな醍醐味を、旅の公演で味わえるなんて。

 清水次郎長伝は笑いも多いのだけれど、天保水滸伝や赤穂義士伝は、ひとつも笑いどころのない、でも人間の深い思いを描く物語。

 みんなが物語を共有していた時代じゃないから、一つの公演を成立させるのに、工夫が必要な時代になりましたが、でも、その方法はいろいろ、ある。演者もお客さんも、その「醍醐味」に至りつくための工夫なら、いくらでもする。

 ああ、幸せだった。

 

 ©博多活弁パラダイス実行委員会

 好評につき、来年ももしかしたら、広島、福岡で「浪曲徹底攻略シリーズ」第二弾があるかもしれません。

 わくわく。

 

◆たまがわ・ななふく 横浜市出身。筑摩書房の編集者だった1995年、曲師(三味線弾き)として二代目玉川福太郎に入門。師の勧めで浪曲も始め、2001年に浪曲師として初舞台。古典から自作の新作まで幅広く公演するほか、さまざまな浪曲イベントをプロデュースし、他ジャンルの芸能・音楽との交流も積極的に取り組む。2018年度文化庁文化交流使としてイタリアやオーストリア、ポーランド、キルギスなど7カ国を巡ったほか、中国、韓国、アメリカでも浪曲を披露している。第11回伊丹十三賞を受賞。

 ◆浪曲の世界に飛び込んで今年30年目を迎えた記念の会「奈々福、独演。銀座でうなる、銀座がうなる vol.5」が、6月28日と29日、東京・銀座の観世能楽堂で開かれます。28日は午後6時開演で「亀甲縞の由来」「物くさ太郎」を口演、ゲストはフリーアナウンサーの徳光和夫さん。29日は午後1時開演で「飯岡助五郎の義俠」「研辰の討たれ」を口演、ゲストは歌手・芸人のタブレット純さん。5500円(29日は完売)。問い合わせは、ザ・カンパニー(03・3479・2245)へ。 

◆「ななふく浪曲旅日記」は毎月第三土曜に配信します。