先月の6日。つまり令和6年6月6日午後6時に、SNS上でのデモを主催しました。
「#伝統芸能稽古事のススメ」デモ。
「デモ」っていうから政治的な運動なのかしら、と思われるムキもあったかもしれませんが、いや、そうじゃなくてね。文字通りの、伝統芸能をアピールするデモンストレーションです。
そもそも、日本はやたら数多く伝統芸能が継承されている、世界的に稀有な国であるにもかかわらず、国はそれを売りものにする気はないらしく、国立劇場は閉場してしまって再開のめどは立たないし、寄席も劇場も耐震補強や再開発の名のもとにいくつも閉じてしまっているし、お稽古人口は減っているみたいだし、伝統芸能……負けっぱなしです。
大人はみな「たしなみごと」をひとつ、持ったらどうかと思います。
「○○を、少々たしなんでおります」
たしなみって、「嗜み」と書きます。嗜好物です。仕事はちゃんとしてる。生活してる、その中で、仕事や生活とは関係ない、もうひとつの文化的なチャンネルを持つこと。
つまり、お稽古事です。
社会的立場を築き、小言のひとつも言われないようになったような人ほど、全然知らないジャンルの芸能文化の門戸を叩き、「げっ、理屈も方法論も、全然わからない!」と衝撃を受け、いままでの物差しが一切通用しない絶望のなかで、お師匠さんにひたすら頭を垂れて教えを乞い、身体の、未知の感覚を開発していく……って、大人がさらに大人になるために必要なことではないか、と。
人間をすごくリフレッシュする、ココロの旅になると思います。
私自身が、いい大人になってから浪曲に出会って、あまりのわからなさ加減に、そしてお師匠さんの語られる日本語の理解不能さ加減に、頭くらっくらしましたから。
能、狂言、浄瑠璃、落語、講談、浪曲、日本舞踊、長唄、常磐津、清元、三味線、琴、琵琶、笛、茶道、華道、書道……etc。
日本は、これだけ伝統芸能、伝統文化系の選択肢が多いのだから、「和」のお稽古事をたしなんだらどうかと思います。長くこの国で継承されてきた作法や身体技法を、学んでみる。
たとえば浪曲をやると、深層の呼吸筋肉がものすごく鍛えられます。とにかく呼吸する力。肺が強まる。肋間筋肉、腹横筋、内腹斜筋の強化および心肺機能の活性化は、間違いなくある。
お能や日本舞踊をやっている方々の体幹の強さったら、ありません。筋トレむきむき方面とは全然別の、芯がものっすごく強くなる和の身体技法。
どうでしょうか。
というような主旨をブログに書いて、6月6日午後6時、X(旧ツイッター)、facebook、インスタグラムなどのSNSで、稽古の効用と稽古場情報をアップするデモを呼びかけましたら、な~んと、多くの伝統芸能関係者が投稿してくださり、一時トレンドにも上がりました。
わーお。これ、毎年6月6日にやろう!
で、デモのみではなく、実践もしていかねばなりません。
実はいま、銀座の旦那衆お二人に、浪曲をご教授しております。
銀座には「銀座くらま会」という伝統ある、邦楽を嗜む旦那衆の会があるそうで。
「邦楽を嗜む旦那衆の会」! 素敵!
素人で芸をたしなむ人たちのことを「天狗連」と言いますが、それにひっかけてのネーミングですね。
お稽古の成果を年に一度、なんと新橋演舞場で、新橋芸者衆の助演も得て、披露するんだそうです。
その会が今年100回目を迎えるという。
くらま会の主旨。
「会員はプロの芸人と違って決して上手に唄うことをモットーとしない。あくまでも素人であることを念頭に、各自の持ち味を生かして、楽しみながら、お互いを切磋琢磨して唄うことを主旨とする。」
そうやって、伝統芸能を守って行こうという心意気。
その100回記念の「くらま会」で、銀座のテーラー「壹番館」の若旦那ワタナベさん、そして「新ばし金田中」の御主人オカゾエさんが、浪曲を披露したい、ついては奈々福に教えてほしいとおっしゃるのです。
え? 浪曲を? くらま会で?
……嬉しい。そういわれたら、できることはやらせていただこうと思うじゃないですか。
なので、くらま会までの期間限定で、浪曲をお教えしております。
まずは、曲師を務めるワタナベさんに三味線のお稽古から。
最初に、構え。
楽器って、まず持ち方。持って構えが安定するまでが一苦労です。
そして、撥の持ち方。糸の押さえ方。
調弦。
いろはの「い」から教えるって新鮮です。そして一つひとつ、ワタナベさんができるようになっていくことが、嬉しくて仕方ない。
教えることは教わることでもある。自分自身の構え、技術の確認にもなります。
そして、教えたいことを言葉にしていくことで、再発見もあります。
大汗をかきながら、構えのポジション、安定する場所を探っているワタナベさん。
最初は胴も棹もぐらぐらぐらつき、弾くどころのさわぎではありません。
「こうですか?」
「もう少し棹を立てて。肘でしっかり胴をおさえて」
「こうですか?」
「手首もっとまげて」
構えて撥を持って調弦ができたなら、弾く……より前にすることがある。
撥を糸に当てる、当てかたを体に覚えさせなければならない。
撥当てが、その人の音色を決めます。
撥当てが、すべてだと言っていいほど、ここが大事。
浪曲の三味線は太棹。弦楽器であると同時に打楽器でもあります。
撥を、糸に、胴の皮に当てる。
一の糸に。二の糸に。三の糸に。
一、一、一、二、二、二、三、三、三……、フレーズを弾くより以前に、とにかく構えから撥当てまでの一連が安定しなければ、弾けないです。
体に叩き込むしかない。身体、身体、身体。
「えええ、撥ってこんな持ち方するんですか。糸ってこんな押さえ方するんですか」
そう、撥は薬指と小指で挟むんですよ。そして糸は爪で押えます。絶対、肉で押えないように、指を鎌首みたいにまげて、爪で押える。
慣れないことに、ワタナベさん、ほぼ悲鳴を上げております。
三味線の音というのは複雑です。
♪ 絹を強く撚った糸を撥が擦る音。シュ……という音がします。
♪ 撥で弾いた糸のビ~ンという音。
♪ 皮の太鼓を撥で打つ打撃音。うまく当たれば、柔らかい「トン」という音がします。
♪ 調弦が合っていれば、弾いていない他の2本の糸も共鳴して鳴ります。ビヨ~ン。
その複合がひとつの音になります。
撥に気をとられると、糸の押さえ方が甘くなる。糸を押さえていると、撥が弱くなる。構えが不安定になる、あっちも気を付け、こっちも気を付け。
ところが、悲鳴をあげてあたふたしていたワタナベさんが、稽古を重ねるうちに、少しずつ、安定してきます。
そして今日は、オカゾエさんもお見えになり、フシのほうのお稽古もいたしました。
6月から始めたお稽古で、まだ撥を糸に当てるまでが精いっぱいのワタナベさんと、音程そっちのけで気持ちよさそ~うに、うなっているオカゾエさん。10月のくらま会でどのような成果をお見せできるのか?
そして、日本浪曲協会では9月から、一般の方々向けに「浪曲教室」を開催します。会長の天中軒雲月が講師として指導にあたり、奈々福もちょっと補佐。プロの曲師もついて、浪曲を、いろはの「い」からご指導します。お腹から声が出るようになると、気持ちいいですよ。
◆たまがわ・ななふく 横浜市出身。筑摩書房の編集者だった1995年、曲師(三味線弾き)として二代目玉川福太郎に入門。師の勧めで浪曲も始め、2001年に浪曲師として初舞台。古典から自作の新作まで幅広く公演するほか、さまざまな浪曲イベントをプロデュースし、他ジャンルの芸能・音楽との交流も積極的に取り組む。2018年度文化庁文化交流使としてイタリアやオーストリア、ポーランド、キルギスなど7カ国を巡ったほか、中国、韓国、アメリカでも浪曲を披露している。第11回伊丹十三賞を受賞。
◆玉川奈々福独演会「ななふく旅浪曲日記」をうなる、を8月24日(土)午後2時(開場は午後1時半)から朝日新聞東京本社読者ホール(東京都中央区築地5-3-2)で開きます。奈々福さんが「浪曲・平成狸合戦ぽんぽこ」「シン・忠臣蔵」の二題を語ります。曲師は広沢美舟さんです。料金は予約3000円、当日3500円。予約はメール(apkikaku@asahi.com)へ。名前、人数、電話番号を明記してください。
◆「ななふく浪曲旅日記」は毎月第三土曜に配信します。