中国に行ってきました。
今年、奈々福は、日本の狂言、浪曲と中国の語り芸とのコラボレーションで鑑真和上の物語を描く〈東渡〉プロジェクトに参加しております。
なんと、脚本を日中共同で制作し、その上で日中の語り芸が同じ舞台で一つの作品を描く……という試みは初めてだそうです。
日本は語り芸の多い国ですが、中国、ものっすごく語り芸の種類が多いのです。その数、数百とか……アンビリーバボー。
今回は、江蘇省の蘇州に伝わる「蘇州評弾」と、狂言、浪曲のコラボで、鑑真和上の人生を描きます。
8月の26日から29日までリハーサルで訪中しました。
羽田空港から上海に入り、そこから車で3時間かけて張家港(ちょうかこう)という町に入り、そこで3泊4日、当日の舞台となる劇場でリハーサルをする予定です。
江蘇省張家港市は、鑑真和上が渡日のために最後の船出をした地。黄泗浦(こうしほ)という場所が船出の地なのです。その張家港に、揚州から、上海から、北京から、そして日本から、語り芸の芸人とスタッフたちが集まって、舞台稽古をします。
日本からは、能楽師狂言方の奥津健太郎さんとご子息の健一郎さん。そして浪曲の玉川奈々福と曲師の広沢美舟さん。
蘇州評弾と狂言が共演する場面
浪曲の口演シーン。中国は背景の壁がLEDになっていてすごいことに
ここで大きな問題がひとつ。三味線です。
「ワシントン条約」ってご存じでしょうか。
絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約で、この条約により輸出入が禁止されているモノがあります。
わたくしども浪曲を演じるのに必須の三味線は、このワシントン条約で輸出入が禁止されているもの「だけ」でできているようなものなのです。
棹の紅木。インド産で大変硬い木材です。
胴の犬皮。
撥と駒に用いている象牙。
撥に用いている鼈甲。
撥です
駒です
これを海外に持ち出すのは大変なんです。いや、ワシントン条約うんぬん以前に、邦楽の楽器を海外に持ち出すのって大変なんです。バイオリンやラッパ類とちがって、日本の伝統楽器、外国の人たち知らないでしょ?
まず、手荷物検査で三味線の箱を開けさせられます。
「これはなんだ?」
「日本の伝統楽器だ!」
担当者、興味半分もあるのか、三味線箱の中のものを無遠慮に触る。
私たちがとても大切に扱う三味線を……、もう、毎度ひやひやします。
必ず取り出して確認されるのが撥。
中国の国内線の検査場で「これは武器か?」と言われたなあ(遠い目)。
ウズベキスタンの検査場では、楽器だと言ったら弾いてみろと言われて、こっちも頭に来て「ああ、弾きましょうよ、そのかわり、組み立てて弾くまでに30分かかるからな!」と言い返したら、通してくれたなあ(遠い目)。
あ、三味線って組み立て式になってます。棹が三つに折れます。それを箱に入れて運んでいます。
三味線はこんな風に三つに分解できます
海外公演は移動のたびにひやひやしておりました。ところが数年前、日本の経済産業省が「楽器証明書」なる制度を作ってくれました。事前に経産省に申請して証明書をもらい、空港で税関を通せば、これは売買用のものではありませんよ、とお墨付きがもらえる、楽器用のパスポート。
昨年のアメリカ公演のときに、曲師の広沢美舟さんが、ご自身の三味線と私の三味線と(海外公演のときには、環境の変化で三味線の皮にトラブルがおこる可能性があるので、必ず三味線を二丁持参します)を申請して、証明書をとってくれたのです。
まだ制度ができて数年なので、日本の空港税関に周知徹底されておらず、羽田空港の行き帰りで手間取りましたが、とはいえ、お蔭でアメリカ公演は心配なく行けました。
もともと曲師(三味線弾き)の卵として浪曲の世界に入りましたⒸ矢幡英文
で、8月の中国行き。
羽田空港の税関。またまた手間取りました。せっかく作られた制度が周知徹底されてなくて、税関職員が「楽器証明書? はあ?」状態。もう、なんとかしてください。
それでも無事通って。問題は中国。上海空港の税関でした。
中国もこの制度を導入しておりますので、税関で証明書を見せればOKなはずでした。ところが。
「中国側の証明書がないと、税関は通せない!」
……は? 中国側の証明書?
そんなの日本でとれるわけないじゃん! それじゃあ、日本で証明書とって行った意味ないじゃん!
慌てた慌てた。だって、三味線なくてはここまで来た意味がない。お稽古にならないのですから。すぐに受け入れ団体に連絡し、善後策を相談し、先方もあれこれ随所に掛け合ってくださったようなのですが……。
にべもないって、こういうことですね。
が困り果て、縷々事情を訴えているのに、顔いろ一つかえず、3時間ねばって、ダメ。
「三味線を空港に預けて出ろ」
えええええええええええええ!
く、くうこうに、あずけるっ!?
私たちにとって三味線って、命です。
ぜったい身から放したくないんです。
美舟さんは涙目で「半身をもがれるような気持ちです!」と言っている。
私も同様。
おそろしいです、他国の空港に、自分の三味線をあずけなければならないなんて。
三味線は繊細な楽器です。湿気や温度、環境の変化に大変気を付けなければいけない楽器を、どう扱われるかわからない環境に置いていくなんて!
でも、致し方ない。
ぐるぐるにビニールで巻いて、絶対に倒したり、乱暴に扱ったりしないように、再三再四、担当の人にうそ泣きまでして訴えた上で、三味線を預け、張家港へ向かいました。
ホントに泣きそう。
三味線を預けた動揺を鎮めようと食べたスタバとローソン@上海
その後、受け入れ団体と税関との間でどういう交渉があったのかはわかりません。翌日、三味線を戻してもらえることになり、美舟さんが車で3時間、往復6時間かけて、三味線を取り戻しに行きました。ほ…………。
ワシントン条約が、絶滅危惧にある動植物保護のために大事な条約であることはわかっています。ただ、商取引ではない、楽器の出入りについて、もうちょっとなんとかならないかと、世界中の演奏家が思っているのではないかと思うのですが。
いちおう三味線が戻って来て、それでもモヤモヤした心を抱えつつ、リハーサルのために着物に着替えていたとき、美舟さんが「おねえさん」と言いました。
「なに?」と振り返ると、私の帯のあたりを指さしている。
言われて気づいた。私の帯枕には、いくつかお守りがぶらさがっているんですが、「象牙」の根付もぶらさがってた。これも本来なら申告が必要だったもの。スルーだったじゃない。
わはははは。
と、トラブルの話を先に申しましたが、次回は9月15日から27日まで再度訪中し、中国で公演したことについて書きたいと思います。
張家港公演のフィナーレの様子をちょこっと先出し
あ、この日中共同プロジェクト〈東渡〉の日本公演が11月にあります。11月26日に、東京・銀座の観世能楽堂、11月29日に、大阪・天保山のテンポ・ハーバーシアターで。いずれも午後6時開演。10月27日より発売します。
◆たまがわ・ななふく 横浜市出身。筑摩書房の編集者だった1995年、曲師(三味線弾き)として二代目玉川福太郎に入門。師の勧めで浪曲も始め、2001年に浪曲師として初舞台。古典から自作の新作まで幅広く公演するほか、さまざまな浪曲イベントをプロデュースし、他ジャンルの芸能・音楽との交流も積極的に取り組む。2018年度文化庁文化交流使としてイタリアやオーストリア、ポーランド、キルギスなど7カ国を巡ったほか、中国、韓国、アメリカでも浪曲を披露している。第11回伊丹十三賞を受賞。
◆「ななふく浪曲旅日記」は毎月第三土曜に配信します。
日中共同製作「東渡 鑑真和上 日本へー中国伝統芸能・狂言・浪曲で描く―」 東京公演は11月26日(火)午後6時から東京・銀座の観世能楽堂(GINZA SIX地下3階)で。3000円 /大阪公演は11月29日(金)午後6時から大阪・天保山のテンポ・ハーバーシアターで。3000円。チケットは日本中国文化交流協会(下記URL)で10月27日より発売。
https://docs.google.com/forms/d/1CS4evTAo19fOWJisVLbtpsRxHCdbtAu9VKzl_Kb15jU/closedform