11月は旅続きでした。1カ月の半分くらい旅をしておりました。お客さまもさまざま。小学1年生から、デイサービスにいらしたご高齢の方々まで。
静岡でのお仕事の話です。毎年、静岡県文化財団・グランシップのアウトリーチ事業として、年に数回、小学校に行っています。
県内の小学校に赴き、5年生、もしくは6年生に、午後の五時限、六時限と二時限いただき、浪曲の解説と実演とワークショップをしています。
これ、一年で一番腕力がいる仕事です。
子どもほど怖いお客さんはいない。
それでも、子どもさんたちに聴いていただく機会があれば、絶対に行きたいと常々思っています。
小学校の仕事以外に、首都圏のNPO法人子ども劇場などからお声がけいただき、やはり年に数回、子どもさんたちの前で、浪曲を実演させていただいています。ただ、子ども劇場と小学校は、同じ子どもさんでも、まったくワケが違います。
子ども劇場は、お芝居だったり人形劇だったり音楽だったり、毎月のようにさまざまな催しがあるので、未就学児であっても鑑賞慣れしています。なにか面白いものが見られると思って心身が開いているから、場が成立しやすいのです。
かたや小学校。授業の一環で伝統芸能の時間。
聴きたい、という動機は、基本的に、ない。
きもの着た、知らない人が来た。いろんな目がこちらを向きます。興味ある目、しらけている目、笑っている目。そんな中でどう場を成立させるか。もう10年近くやっているので、ある程度のざっくりとしたプログラムや、経験値はあるのですが。
静岡県牧之原市の坂部小学校に呼んでいただきました。年に一度、全校児童が市内のお寺さんの本堂に集まるイベントがあるとのことで、今年はイベントの午後の部として「玉川奈々福の浪曲教室」が開かれます。
全校児童、というところでおののいた。
この事業で浪曲教室をしてきた対象は、いままでは5年生か6年生です。
小学生の一学年はずいぶん差があります。教科の上でも5年生はまだ社会で歴史を習っていないけれど、6年生だと習っている。だから6年生には浪曲の歴史の説明をするけれど、5年生のときはその部分は省く、とか内容を変えます。
あと、6年生と5年生では「子ども具合」が違う。子どもさんの様子を注意深く見ながら、その場その場で対応していく度合いが強い2時間なのです。
というわけで、いままでの経験上、4年生、5年生、6年生のグラデーションは、なんとなく、わかるのです。
1年生、2年生、3年生……、わからない。
それが「全校児童」とまとまってくる。
ぜんっぜん、わからない!
もう、出たとこ勝負です。やるしかない!
今回の会場は、学校の教室ではなく、茶畑とみかん畑に囲まれた小高い丘の上にある石雲院という歴史も由緒もあるお寺のご本堂です。
話を聞けば、どうやら子どもたちは、学校からこの丘の上の石雲院まで4キロくらいをハイキングしてきたらしい。そしてお昼ごはんを食べてから浪曲。
……これって、熟睡コースじゃないのか?と思いつつ、いよいよ本番。広いご本堂から子たちのにぎやかな声が聞こえてきます。
お三味線は沢村まみさんです。
最前列に1年生。その後ろに2年生と順々に6年生まで。保護者を含めて160人くらいおられます。
壮観。
どれくらい、こちらに心身を開いてくれるか……、いざ。
まず、キャリア教育ちっくな入りかたをしてみます。
「伝統芸能の人が来た、小さいころから伝統芸能やっていて自分たちとは全然関係ない、と思っているでしょ?」
子どもは素直ですね。「うん!」と言ったりします。
「でもね。私は中学から高校、大学を出て、みんながいま使っている教科書なんかもつくっている出版社に勤めて、本をつくっていたんだよ~。でもね、途中から習い事で浪曲を初めて、いま浪曲師になっているので、皆さんもこれから小学校、中学校、そのあと進学したり、就職したりすると思うけれど、人生何が起こるかわからないから、関係ないと思わないでね!」とかなんとか。
日本の伝統芸能をどれだけ知っているかを聞き、びっくりしました。能、狂言、人形浄瑠璃、落語、講談、浪曲はいつも挙がるけれど、「太神楽(だいかぐら)!」なんていうのが子どもたちから出ました。
いやいや、それだけではないのです。講義の最初から子どもたち、それも小さい子どもたちほど目をきらきらさせて、参加してくれる様に驚きました。
日本の伝統芸能は耳で聴く語り芸が多いことを話し、浪曲の説明をしたあとに実演を聴いてもらいます。聴いてもらうのは「浪曲シンデレラ」。
浪曲は三味線とともにうたうような「フシ」という部分があるので、「フシ」の音に気をとられると筋がわからなくなる、と言われることがあります。それなら老若男女誰もが「絶対に!」知っている物語を浪曲にしたら、筋がわからなくなることはないとつくった新作です。
新作とはいいながら、きっちり古典浪曲の型にのっとっています。
そして、笑いも仕込んである。
たとえば、この浪曲の中でのシンデレラはすこぶる美肌なのですが、継母にお肌のお手入れ方法を聞かれ、「せっけんで洗ってニベアをつけるだけ」と言う。
また彼女は大変足が速く、ガラスの靴をはきながらも100メートルを9秒99で走る。ここ、子どもたちに一番ウケます。
全校児童が集まったご本堂。演じてる私が感動しました。
子どもたちが、物語に心をひたして聴いてくれている様に。そういうときって、客席が動かないんです。集中してくれているのが、わかる。
口ぽかんと開けて、物語に心吸い込まれている。大丈夫だ、成立している、子どもたちが、物語に入ってくれている。すごいぞ、きょうの小学生!
仲入りのあと、三味線という楽器の説明とワークショップです。
三味線という楽器は、多くの生き物の命をいただいて成り立っています。
糸は蚕の繭からとる絹。それを防虫のためにウコンで黄色く染めている。撥(ばち)はウミガメの甲羅からとれる鼈甲(べっこう)を磨いてつくったもの。駒は、象の牙。胴に張ってある皮は、タイから輸入した犬の皮。
学校によってはそういう話はしないで、と言われたこともありますが、今回は先生方にうかがったうえで聞いてもらいました。
そのあとは、おなかから声を出してみるお稽古。短い文句を「浪曲的」に語る稽古。そして最後に短い浪曲を実演してもらう。
こういうとき用に「浪曲〇〇小学校」という3分浪曲を用意してあります。ごあいさつから、最初の節、二人の人物のやりとりなど、浪曲の要素を3分に詰め込んだものです。
ふだん、この実演コーナーになると恥ずかしがってなかなか手をあげてくれない。ところがびっくり。今回は「はいっ!」「はいっっ!」とどんどん手があがる。
そして質問コーナー。恥ずかしそうに手を挙げた2年生くらいの子に聞かれたこと。
「何歳ですか?」。参ったなあ。奈々福の答え。「教えてあげないの」
2時間やると、子どもたちの表情が変わってくるのがわかります。
こちらは気力、知力、声の力の限りを使って、へっとへとになります。でも、子どもたちのところに行きたい。
いつもは「静かにしなさい!」と言われ続けているかもしれない子どもたちと向き合って、「大きな声だせー!」「おなかから声だせー!」「もっと自由でいいんだよー!」「物語の中でココロをあそばせてくれー!」と伝えたい。
耳から物語を聴いて想像力で遊ぶことを覚えて。
心身開放して、声を出すことを愉(たの)しんで。
どうかのびやかにのびやかに成長してほしい、と願うばかりです。
◆たまがわ・ななふく 横浜市出身。筑摩書房の編集者だった1995年、曲師(三味線弾き)として二代目玉川福太郎に入門。師の勧めで浪曲も始め、2001年に浪曲師として初舞台。古典から自作の新作まで幅広く公演するほか、さまざまな浪曲イベントをプロデュースし、他ジャンルの芸能・音楽との交流も積極的に取り組む。2018年度文化庁文化交流使としてイタリアやオーストリア、ポーランド、キルギスなど7カ国を巡ったほか、中国、韓国、アメリカでも浪曲を披露している。第11回伊丹十三賞を受賞。
◆「ななふく浪曲旅日記」は毎月第三土曜に配信します。