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旅こそ心の栄養補給

5月17日@「柳家喬太郎独演会」

兵庫県西宮市、県立芸術文化センター中ホール

 

 

尊敬する柳家喬太郎師匠の独演会にゲストで呼んでいただきました。その嬉しさと、久々の旅への胸の高まりとで、朝からわくわく。一行は喬太郎師匠、開口一番を務める二つ目の柳家やなぎさん、お囃子の恩田えり師匠と、奈々福、曲師の広沢美舟。

早朝出発、東京駅の新幹線ホームへ。朝ごはんのパンを買ったら、なんと喬太郎師匠がサンドイッチとコーヒーを出演者みんなに買ってきてくださった!座長のお心遣いに朝からふるえる。嬉しさのあまり、自分が買ったのと喬太郎師匠のと、二食分食べる。

新大阪からジャンボタクシーでホール着。なんとこのホールは昼食のメニューがホワイトボードに書かれていて、その中から選べて、出てきたものがほかほか温かいという……驚く。ホール公演でそんな待遇をしていただいたのは初めて。さすが喬太郎師匠の公演だ。

 

 

昼夜公演ともにいっぱいのお客さま。なにより驚いたのは、通称「芸文」と呼ばれるホールの、響きのよさ!客席のどこで聞いても音が均等。舞台上で聞こえる自分の声も、とても明晰に聞こえる。語っていてすごく気持ちがいい。自分の口跡がよくなったようにさえ感じる。過去の経験で一、二を争う、すばらしいホールだった。

 

5月18日@「柳家喬太郎独演会」

大阪府岸和田市、南海浪切ホール

 

 

ゆっくり起きた朝。ホテルのロビーに集合した一行は大型タクシーで一路岸和田へ。ホールに着いて、タクシーを降りたら、ふわり潮の香りがした。とたんに、遠い記憶とぱっとつながった。嗅覚というのは不思議なものだ。小さいころ、鎌倉の由比ガ浜で、父親が海の家を営んでいたときの風景が、突然思い出された。浪切ホールは海からほど近い場所にあった。

 

 

木材をたくさん使った、素敵なホール。ここでの公演も盛況。喬太郎師匠の人気は本当にすごい。当然だと思うけれども、やはり感動する。

公演が終わって、新大阪で一行はそれぞれの行き先に別れ、奈々福と美舟は、在来線で京都へ向かった。

 

 

 

5月19日@「ミュージック・アワード・ジャパン 演歌歌謡曲ライブ」

京都市、ロームシアター京都

 

 

MAJ(ミュージック・アワード・ジャパン)とは、今年立ち上げられた新しい国際音楽祭。音楽のアカデミー賞を目指して、世界へ向けて開かれた大イベントの演歌歌謡曲部門にて、「美空ひばり物語」を浪曲で語る。こんなご依頼があるとは。

出演者にスタッフに関係者、いったい何人がイベントに関わっているんだろう。こんな大規模な歌謡イベントに参加するのは初めてで、何から何までどきどきだ。

 

 

歌謡曲関係のお仕事を受けるときは、マネージメントをしてくださる方がいる。その方がいないと到底こんなお仕事はできない。そのYさんがホテルにお迎えに来てくださり、現場に着いたのが朝9時半。本番はたぶん夕方の6時ごろ。リハーサルが11時に終わったとしても、間にたっぷり時間がある。その間、稽古すりゃいいじゃないか。はい、おっしゃるとおりです。と思う、けれども!

せっかく京都にこんないい季節にいて、楽屋に缶詰めで終わってなるものか!

リハーサルが終わるやいなや、パソコンと向き合って猛烈に仕事をしているYさんを横目に、美舟ちゃんと楽屋を抜け出す。

京都の5月。東山の、緑のもこもこ生い茂る森の近くに行きたい!平安神宮の鳥居からまっすぐ南へ歩き出す。途中、なじみの雑貨屋さんでお買い物したり、おやつのお菓子買ったり。平日昼間なれど、インバウンドのお客さんはたくさんいる。けれど、私は人のいない場所を知っている。

 

 

青蓮院の楠の大木をほれぼれと見上げる。青蓮院と知恩院に挟まれた細い路地をあがっていくと、花園天皇陵があるのだ。ほとんど人がいない。歌や書の道にすぐれていたという帝の陵をお参りし、鳥の声と青紅葉に身をひたす。時間も仕事もしばし忘れて、おぼれる。

 

 

忘我のひとときのあと、ぴゅーと楽屋に戻り、台本をさらいなおす。こんな大舞台で美空ひばりさんの人生を語らせてもらうなんて、超絶光栄。でも、普段の仕事とまったく勝手が違う。Yさんの指示を仰いであたふたしながら、楽屋から現場へ。

玉川奈々福さんですよね、木馬亭で拝聴しました、八代亜紀さんとのコラボレーション拝見しました……、若い演歌歌手の方が、声をかけてくださるのでびっくりした。さすが、できる方々は、浪曲方面までも目配りをされているのか。それにしても歌手の方々の、ヘアスタイルとメイクの完成度が高すぎる。こっちはテレビ慣れしてないうえ、セルフメイク。完成度のあまりの違いに、反省する。もう少しテレビ映りを考えなさい、奈々福。

テレビの仕事は、秒刻みだ。「このくだりの啖呵をジャスト40秒で語らねばならない」「この歌の出だしにぴたり合うように語らねばならない」など、歌手の方の歌とのコラボで、すべて尺が決まっている。いつもは客席を明るくしてお客さまの表情を見ながら語るが、今回は真っ暗。赤や青の、揺れるサイリウムだけがちらちらするけれども、スポットライトがあたってしまえば、まぶしくてそれすらも見えない。

 

 

美空ひばりの人生を浪曲で5分半で語る、という無謀。

ド緊張の舞台を、なんとか無事に終える。

 

5月20日@奈良の休日

 

 

MAJのライブが無事終わり、片付けるやいなや、ぴゅーと京都駅へ。そこから近鉄特急に乗って奈良へと向かう。翌日は、奈良国立博物館で、「超 国宝」展を、美舟さんと二人で見る予定なのだ。ちょうどこの日から後期展示が始まる。大阪市立美術館では「日本国宝展」、京都国立博物館では「日本美のるつぼ展」と、奈良博とあわせ三つの国宝展が展開中であるが、仏像好きの私と美舟さんは、圧倒的に奈良博に来たかったのだ。

翌朝、開館30分前に奈良博着。すでに長蛇の列!そんなにみんな国宝が見たいの???

 

 

仏様は本来お寺にあり、お寺でお目にかかるのがよいと思う。でも、1月に法隆寺で拝した百済観音と、奈良博の百済観音は、見え方がまったく違う。お寺より間近におられる百済観音、さらに会場には8Kの精密さで百済観音を撮った映像も流れていて。いやもう、これはびっくり。間近で拝んだ崇高さは、法隆寺のときとは違っていた。

タイトルどおり「超」のつく国宝を集めた展覧会、数々の仏像に、大好きな信貴山絵巻やら、最澄の書簡やら、もう大変なお宝をたっぷり鑑賞して奈良博を出る。

いいお天気。日差しが強い。若草山の緑は美しく、東大寺にも行きたいけれど、なにせ観光客でごったがえしている。

美舟さんが「おねえさん、新薬師寺さんには行かれたことありますか?」と言う。ないのよ、というと「お連れしたい!」と。仏像に造詣が深い彼女に導かれ、新薬師寺へ。

 

 

春日大社から「禰宜道」を歩いたのだが、これがなんともいい道!ふと、出羽三山で山伏修行をしたときのことを思い出す。新薬師寺前の路地から春日山を振り返っての眺めも絶景。奈良は空が広い。深々と呼吸できる気がする。

初めての新薬師寺。ここの仏様のすばらしさは、美舟さんのコラムにゆずりましょう。 

 

美舟さんコラム「みふねの観仏三昧/新薬師寺編」

https://www.asahi-mullion.com/column/article/mifune/6493)。

 

観光客もほとんど来ないご本堂で、ゆっくりと仏様と向き合う時間。

 

 

いささか疲れて二人でアイス食べて(絶品!)、宿へ戻る道すがらの小高い丘の上に「瑜伽神社」(瑜伽=ヨガ)という神社を見つけたり、三味線やさんを見つけたり。歩けば歩くほど、面白いものにあたる。奈良には、いつか長期滞在したい!!!

 

 

6月某日@鎌倉

「足を、海につけたい!」という欲求が突如として起こり、台本と資料とパソコンを抱えて湘南新宿ラインで鎌倉へ。今月はけっこうヒマで(それが収入に直結するからキビシ~が)、思い立ってこんな行動に出られるのも嬉し。

駅に着く。手荷物預かりに荷物をあずける。ぴゅ~っと海に向かおうとしたのだが。ふと思い立ち、以前から行ってみたかったお寺へ。バスで鎌倉宮まで行き、非業の最期を遂げられた大塔宮護良親王に祈りをささげる。そこから山道を15分ばかり。

円覚寺派の禅寺、瑞泉寺。別名、花の寺。

 

 

 

 

作庭家でもあった夢窓疎石が開祖で、四季折々花の絶えない美しい庭園がある。いまの時期はアジサイ。ご本尊様は釈迦如来。私の好きな歌人、山崎方代の歌碑もある。

「手の平に豆腐をのせていそいそといつもの角を曲がりて帰る」

この寺は方代さんの葬儀が行われた寺でもある。

萌え出ずる緑。うぐいすの声。

 

 

忘我のひとときのあと、山を下りて、宿へむかう。部屋に荷物を置いて、海に向かう。

由比ガ浜。数十年前。父はここで海の家を営んでいた。私はまだ三つか四つであったろう。家族で海の家にいて、ひと夏海で遊んでいた。記憶の中の由比ガ浜と、いま目の前にしている風景は……ずいぶん違う。記憶は多分に美化しているのであろう。それでも、たぶん数十年前と同じように、浜では海の家の支度がはじまっていた。工事の人たちが行きかって、建物の基礎を作っている。想像した静謐な海ではなかったが、とにかく、私は、はだしになりたかったのだ。

 

 

波に濡れた砂の上に立つ。波が不規則に打ち寄せる。ときに浅く、ときに深く、足がもぐる。波に足を洗われていると、砂がすうっと波に持っていかれて、足元がゆらぐ。一瞬、ぐらり。それが面白くて、波の音に身をひたし、足を洗われているうちに、冷えてしまった。

宿にもどる。なにもない部屋に一人。集中できる、ような、うれしくなっちゃってできないような。でもいつのまにかパソコンに集中して朝まで台本。寝坊しても無問題。果てしなく自由。この時間が、旅だ。

旅があるのがあたりまえの日常だったのに、たまたま年明けから旅があまりなくて、うずうずとしていた。

大阪駅の匂い。

ジャンボタクシーに旅の一行で乗り込んで、くだらない話をしながら走る高速道路。

西宮で、宿の窓から見えた甲子園のあかり。

京都の、都メッセから道路を隔てたロームシアターへ道を渡るときに見える、東山の風景。

花園天皇陵で、青紅葉ごしに見る5月の陽光。

夜の京都駅。近鉄特急を待つ間、二人でホームでコーヒー飲みながら座っているとちょっと切なくなってくる感じ。

朝がばっと起きて、「奈良にいるんだ!」と認識したときの嬉しさ。

京都駅から帰るときに、新幹線の中でたべるお弁当とおやつを、選ぶ時間。

旅のなかの、ささいなこと。風に吹かれている感じ。

旅成分が、日々の中でいかに必要かを感じていたので、5月6月に少し旅ができたのは、嬉しかったのでした。

 

たまがわ・ななふく 横浜市出身。筑摩書房の編集者だった1995年、曲師(三味線弾き)として二代目玉川福太郎に入門。師の勧めで浪曲も始め、2001年に浪曲師として初舞台。古典から自作の新作まで幅広く公演するほか、さまざまな浪曲イベントをプロデュースし、他ジャンルの芸能・音楽との交流も積極的に取り組む。2018年度文化庁文化交流使としてイタリアやオーストリア、ポーランド、キルギスなど7カ国を巡ったほか、中国、韓国、アメリカでも浪曲を披露している。第11回伊丹十三賞を受賞。

7月19日と20日、東京・銀座の観世能楽堂で独演会を開催。

 

◆「ななふく浪曲旅日記」は毎月第三土曜に配信します。