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第5回 性の解放を手助けしたい、女性向け作品に込めた思い

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 イラストレーター・平泉春奈さん(春奈先生)の描き下ろしイラストと一緒に、性のお悩みを解決するコーナー。第5回のテーマは「AV(アダルトビデオ)」です。
 みなさんは、AVに女性向けジャンルがあることを知っていますか? 女性向け作品ができたきっかけや男性向けとの違いを、女性向けAVの撮影監督にお聞きしました。ゲストと春奈先生の対談を、お楽しみください。
 アンケート結果も紹介します。6月下旬に平泉春奈さんのインスタグラム(@hiraizumiharuna0204)のストーリーズ機能を通して実施。女性からは8,289人、男性からは1,229人から回答を得ました。(聞き手・田中沙織)

◇いざ、対談場所へ◇

 7月中旬、対談取材のため東京・中野のとある会社にお邪魔しました。ガラス張りの一見普通のオフィスビルなのですが、フロア案内板の全てに「SOD」の文字。アダルトビデオの制作販売を手掛ける会社、ソフト・オン・デマンドです。

 

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 一歩足を踏み入れると、そこはアダルトな世界一色。壁一面に飾られた人気俳優さんたちのポスターがお出迎えしてくれました。受付を済ませて奥に進むと、なにやら派手な鳥居と大きなダルマが! なんと、絵馬まで用意されています。パチンコ台やグッズの展示。振り切った「アダルトエンタメ」満載のロビーに、記者と一緒に圧倒されていたところ、今回の対談ゲストが迎えに来て下さいました。ソフト・オン・デマンドのグループ会社で、2009年から女性向けAVを制作するシルクラボの牧野江里社長です。

 

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平泉: はじめまして、平泉春奈です。今日はよろしくお願いいたします。
牧野: 牧野江里です、よろしくお願いいたします。
平泉: さっそくですが、この鳥居は何ですか?
牧野: 通称「SOD神社」です。毎年新年には、「仕事始めの会」という企画があります。今年は社員総出で高尾山登山をし、ダルマに祈祷していただきました。

 展示を案内していただき、さっそく対談開始です。

 

――女性向けAVの誕生

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牧野江里さん
1983年生まれ、静岡県出身。
株式会社シルクラボ代表取締役社長兼AV監督。大学進学を機に上京。2006年、新卒でソフト・オン・デマンドの制作会社である「SODクリエイト」に入社。2009年、シルクラボを立ち上げる。

 

牧野: 入社1年目のとき、制作現場の忙しさについていけず挫折してしまいました。部署を移動し、宣伝部で広報の仕事を担当することになったんです。社外ともやりとりをするなか、女性スタッフだけで取り組んでいるアダルトグッズショップと出会いました。そこで、女性向け商品のお話しを聞いたのが一番のきっかけです。世界中の女性向け商品のなかから、本当に良いものだけをセレクトして売っていた。商品のなかには、AVもありました。

平泉: 女性向けAVですか?

牧野: 「女性向け」というよりかは、AVを女性スタッフ自ら視聴し、女性が嫌だと感じる演出がないかどうかを確認できたものだけを売っていたんです。当時はやはり、AV=男性が見るもの。「女性がAVを買っている」という話にも驚きました。当時の社長に伝えてみると、「面白そうじゃん」の一言で(笑) 入社まもない私は、ボンッと予算を渡されて。いざ、女性向け作品をつくることが決まりました。

 

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――女性が見るものは、女性に寄り添う

平泉: 男性向けと女性向け、細かな演出やカメラワークも違う気がします。どういう配慮があるのでしょうか。

牧野: まず、スタッフ自身の心が乙女です(笑) たとえ男性スタッフであっても。演出に引き算が多いのが女性向けです。男性が「良し」と感じる過剰なパフォーマンスを可能な限りなくして、絡みは極力シンプルにします。セックスを恋愛の延長線にある行為として描く。つまり、ただの欲望だけとして描かないことを目指しています。

平泉: 行為のシーンに入る前のドラマ部分とか、もうAVだと思えないほどにしっかり作り込んでいる印象です。初めて見たとき、衝撃を受けました。

牧野: シルクラボを立ち上げるとき、女性が買いたくなるAVについてアンケートを取りました。「イチャイチャラブラブ感」か「無理やり感」と、結果は両極端。突き詰めてみると、無理やりというのは、ただ無理強いするものではないこともわかりました。好意を抱いている男性から強引に迫られる状況です。安心と安全があってこそのセックスを求めている女性が多かったんです。

 コンドームを装着する描写も必須です。たとえ描けなかったとしても、傍らにコンドームの外袋をさりげなく置いておき、映り込むようにしています。当初は、「セックスではコンドームを着けて欲しい」という啓蒙的な目的だったのですが、あまりにも女性からの反響が良かった。「男性が女性を大切にしていることが伝わってきました」という感想ばかり届いたんです。正直、コンドームを使うだけで男性が真摯に見えてしまう状況に、危機感も覚えました。当たり前のことなのに。

平泉: セックスシーンで、女性の体に負担がかかるような行為も少ないですよね。前戯も丁寧だし、AV特有の潮吹きの演出もほとんどない気がします。

牧野: そうですね。女性側の快楽を無理やり引き出さないようにします。男性向けメディアの取材で、「女性を確実に気持ち良くさせる方法を教えてほしい」と聞かれたことがあるのですが、これでは大事なことがすっぽり抜け落ちています。テクニックばかりを磨くのではなくて、目の前の女性が求めているものを見極める必要があるんです。

 

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※四捨五入の関係で合計99%になりました。

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平泉: 男性はやはり男性向けを見る人が多いようですね。

牧野: 男性と女性、世代によっても好みは分かれてきます。男性のなかには、女性人気の高いいわゆる「イケメン男優」の登場を嫌がる方もいます。女性には、憧れのまなざしで女優のファンになる方もいます。

 

――作品ができるまで

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平泉: 作品ができあがる過程も気になります!

牧野: まずは出演してくれる男優さんの素のキャラクターから、どういうシチュエーションの役柄が似合うのかを考えて大枠の設定を決めます。そこから相手の女の子のキャラクターの組み合わせを考え、お話を広げていきます(俺様×年上女子、俺様×幼馴染など)。

 ドラマものは、どうしても演技力が必要です。男優さんたちもお芝居経験のない方がほとんど。あまりに素のキャラクターとかけ離れてしまうと、ご本人の負担も大きくなってしまいます。皆さん、経験を積みながら演技力を磨いていますね。

平泉: 男優の皆さんは、どういう経緯で業界に飛び込んでくるのでしょうか。

牧野: 自分から応募してきてくれる人がほとんどです。撮影現場では、様々な人たちが力をあわせて作品を作っていくためのチームワークが求められます。男優として採用される方たちは、皆さんとてもコミュニケーション力が高いです。

 

――AVはファンタジー。必要なのは、正しい性教育

平泉: AV業界は、批判にさらされてしまう側面があります。

牧野: 「AVはダメなもの」と排除するのではなく、AVを見る皆さんがファンタジーをファンタジーとして消化できるように、それ以前の正しい性教育が広まればいいなと願います。

平泉: 私も作品を投稿しているアカウントが、不適切なものとして警告を受けたことが何度もあります。「性」にまつわるものに対して、過激にとらえられてしまう印象も受けてしまいます。牧野さんは、性教育の現場に呼ばれることもあるんですか。

牧野: 大学に招待いただき、性表現についてお話ししたことはあります。やはり、性に対しては「潔白潔癖主義」のような風潮も感じますね。極端な例ですが、社会からは結婚することを求められ、その後は「子どもはどうするの?」と言われてしまう。でも、子どもの誕生を理解するには性教育が必須ですよね。表面上の教育だけでは、最も大事なところが欠けている気がするんです。

 

――女性が性欲を抱くことは、おかしくない

牧野: 思春期を迎えて性にまつわるものに興味を抱いたとき、自己嫌悪に陥ってしまう女性が一定数いるのではないでしょうか。「“エロ“に興味を持つなんて、おかしいのかも」って。私もその1人でした。私は、そのときの自分に恥じないようにいたいんです。性的同意に通じる演出やコンドームの描写を描くなど、きちんと筋道を立てることを大切にしています。性に関心がある女性を否定したくないんです。

平泉: 性に対して、もともとオープンな性格だったんですか。

牧野: 両親が包み隠さず話してくれるタイプでした。幼い私に母は、「大きくなって男の人と付き合って、くっついたりイチャイチャしたいと思うのは当たり前。コンドームで、自分の身は自分で守りなさいよ」って言ってくれた。性や恋愛に対する話も否定せずに聴いてくれる人だったんです。そういう環境で育ったから、ファンタジーの「エロ」と「リアル」は、しっかり区別して認識できていました。

 家庭や学校などの身近な環境で、大人たちから隠されれば隠されるほど、子どもは気になりますよね。その結果、間違った情報を信じてしまうこともあります。

平泉: 高校2年生の娘がいます。恋愛や性体験について聞かれたときは、実体験も踏まえながら正直に話すようにしています。性教育を家庭で実践することで、気軽に相談しやすい関係をつくれる。親子関係って、性に対する意識に影響する一面もありますよね。

牧野: そうですね。本当に困ったとき、否定しないでいてくれる存在が必要ではないでしょうか。性にまつわることって、「スケベ」「良くないこと」って嫌悪されがちです。万が一、本当に何かが起きてしまったとき「きっと否定されてしまう、頼れない」と思われてしまうのは、親としても、つらいのではないでしょうか。自分の親は、私にとってクッションみたいな存在だったなあ、とありがたく思います。

 

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――女性が「性」を楽しむ、門が開いた

平泉: 仕事をするなかで励みになる瞬間はどんなときですか。

牧野: やはり、見て下さった方から嬉しい反響をいただくときです。お手紙が届くこともありますよ! 「癒された」「夫婦関係が良くなった」「レスが解消された」。自分がつくったものでハッピーになってもらえることは、本当にありがたいことです。私も幸せになります。

平泉: 表現者として、嬉しい反響は原動力になりますよね! シルクラボが立ち上がった当初の反響も似たようなものでしたか。

牧野: シルクラボをきかっけに、AVを初めて見る女性も多かったです。興味はあったのに、見る機会がなかったり見ることを躊躇していた方たちです。よく、女性人気の高い男優のトークイベントも開催したりするのですが、そこで友だちができたり、「エロ」についてオープンに話せる存在ができて楽しいという声も聞きます。

平泉: 女性が「性」を素直に楽しめる、いわば門が開いた感覚でしょうか。

牧野: それまで言えなかったことを言えるようになってくるのは、素敵なことですよね。

 

<ちょっと一息>

 アンケートでは、女性と男性それぞれに好きなAVの設定をたずねました。回答の一部をご紹介します。ここから見えてくる、男女のAVに対する意識の違いは何でしょうか。

 女性
◇春奈先生のおはなし◇
「イチャラブ系」と「マッサージもの」の人気が高かったよ。カップル設定を好む人が多い一方、非現実的な設定を支持する人もいる印象かな。
 ・初々しさや日常的な設定やカップルや夫婦もの
 ・前戯が丁寧で、キスシーンが多いもの
 ・男女ともに痛みがないもの
 ・映像として美しく、きれいな女優さんが出演しているもの
 ・スタイルが綺麗な女優さんの作品(うらやましいし、かわいいと思う)
 ・ソフトSM、マッサージもの、アブノーマルな設定  など。

 男性
◇春奈先生のおはなし◇
「マジックミラーもの」と「素人もの」の人気が高かったよ。女性と比べてカップル設定を希望する人が少なかったな。
 ・男女ともに幸せになれているもの
 ・SM、マジックミラーもの、素人もの、アブノーマルな設定
 ・出演者が演技っぽくないもの  など。

 

――挫折を感じた2022年

平泉: 15年以上ものあいだAV業界で働いてこられるなかで、くじけそうになったことはありますか。

牧野: やはり、 2022年6月から始まったAV新法(AV出演被害防止・救済法)の施行は、業界全体が混乱しました。法案が衆院提出されてから、わずか一カ月後の施行です。社内協議や書類の対応に追われました。

 「AV出演被害防止・救済法」とは……
 出演者の性別や年齢を問わずAV出演の契約を無力化できる。

牧野: 被害に遭った方を救済しなくてはいけないし、様々なご意見や考えがあるのはわかります。しかし、自主規制でルールをつくり、それにのっとった適正AVをつくってきたメーカーや、誇りをもって生業にしている出演者の声をまったく拾ってもらえなかったのは悲しかったですね。我々には人権がないのかな、とすら感じてしまいました。

平泉: 具体的にどのような弊害があったんですか。

牧野: メーカー側が作品の出演取り下げを恐れるあまり、一部のベテラン女優さんにばかりに仕事が集中するようになりました。必然的に仕事が減り生活に困る子も出てきます。そういう子たちに目を付ける悪徳業者や、稼ぎを求めて海外で売春をしてしまう子も出てきてしまいました。演者を守るはずの法律ができたおかげで、違法なものに頼る人が生まれてしまうのは、なんだか本末転倒していますよね。

平泉: 悪徳業者が消えない背景は何でしょうか。

牧野: ネット環境の普及もありますし、いまやスマホがあれば撮影も映像編集もできてしまいます。誰でも性的な映像を撮影することができます。そういった手軽さもあるのかもしれません。

 

――目指す先にあるもの

牧野: この先も、きちんと誇りを持ってこの仕事を続けてけるよう模索していく必要があります。

平泉: 目標はありますか。

牧野: 私の夢は、生涯AV監督! おばあちゃんになっても続けていたいんです。立ちふさがる壁やトラブルは多いけれど、やっぱり、やりがいと楽しさが勝る。AV新法ができたり、つらいことや悔しいこともたくさんあります。「いきなり国から、仕事の禁止令が出たらどうしよう」と不安になっておびえることもありますが、一つひとつ乗り越えていきたいんです。

 

――女性向けAVの監督として、みんなに届けたいこと

牧野: 性的なものに興味をもつことは、おかしいことでもダメなことでもありません。自分の気持ちを頭ごなしに否定しないで、受け止めて、ゆっくりかみ砕いてほしい。いつか社会に出て、生きる中で満たされないものが、AVというファンタジーならば満たされるかもしれません。自分を楽しむための引き出しのひとつとして、AVを見てもらえると嬉しいです。国や保護者など、大人側の問題だと思いますが、性教育も浸透してほしいと願っています。

 そして、セックスでは相手としっかりコミュニケーションを取るようにしてくださいね。自分が嫌なことはしない。1人の人間として、相手を見るようにしてください。男性は男性で、女性は女性で、理想を求めてしまう事がありますよね。心の繊細さは、男女関係ありません。

 

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<対談を終えて>

ー 性を解放する手助けになりたい ー

 はじめてシルクラボの作品を見たとき、その繊細さに感銘を受けました。生みの親である牧野さんとの対談ができて本当に嬉しかったです。牧野さんには、苦難を楽しみや喜びに変換できるポジティブさと、壁を乗り越えるバイタリティを感じました。

 目をキラキラさせながら、「おばあちゃんになるまで撮り続けたい。だって、楽しいから」と話す姿に、闘志のような気持ちが湧いてきました!

 アダルト業界を巡っては、様々な思いや意見が飛び交っています。一方で、真っ向から誠実に業界で働いている人たちがいます。女性向け作品は、極力女性の体や気持ちに寄り添っているのでしょう。作品には、女性がセックスにおいてつらい思いをしないようにというメッセージと配慮であふれていると感じます。

 「女性が罪悪感を持たずに、自分の性を解放していける手助けをしたい」。

 私も、牧野さんと同じ思いで仕事に向き合っています。絵を通して、胸キュンできる官能と性の解放、時に性教育を発信し続けてきました。AV監督とイラストレーター、職業は違いますが、こころざしは同じなのかもしれません。

 ニッチな世界を優しく照らせるように、私も腐らず頑張りたいと励まされました!

 年齢制限はありますが、サブスクでもAVを楽しめる時代! 興味がある人は、安全な方法で楽しむのもいいですね!

 


 

平泉春奈

 平泉春奈

 イラストレーター
 愛と美と官能をテーマに、カップルイラストや短編小説を創作。3冊目の著書「私たちは愛なんてものに」(KADOKAWA)を発売。

 


 

次回は9月7日に公開予定です。

(2024年8月3日。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。)