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ご当地グルメ 作家も舌鼓 「これや!」という味

せんべい汁

 京都生まれ、京都育ち。現在も京都で仕事をしているとあって、全国どこに行っても見るもの聞くものが珍しくてならない。加えて根っからの食いしん坊のため、好奇心が食べ物にも大いに発揮され、東京に行けば立ち食いそば屋の多さが面白くてならず、昼食に連日ハシゴをしたり、沖縄に行けばかの地のソウルフードである「ぜんざい」にハマり、これまた毎日色々な店を訪れたりしている。スーパーがあれば飛び込み、知らない食べ物があればまず試してみる。おかげで旅からの帰路のカバンの中は、その地のご当地グルメでいっぱいだ。

 

 ただ冷凍・冷蔵品はもちろん、壊れたり崩れやすいものは、持ち運びに気を使う。そんな中で、割れてもまったく大丈夫――というか、「そもそも割って使うんだからいいんじゃない?」と、最近、そちら方面に出かけるたびにカバンにぎゅうぎゅうに詰めて持ち帰るものがある。それは青森県南部から岩手県北部の名産、南部煎餅。南部煎餅といえば落花生や胡麻などが加えられた甘みのある商品が多いが、わたしのお気に入りはしょうゆ味の汁、いわゆる「せんべい汁」に入れて食べるシンプルな煎餅で、あちらではかやき煎とかおつゆ煎餅と呼ばれる食べ物だ。

 

 南部煎餅を入れた汁は元々この地方の家庭料理として作られていたが、それが全国的に広まったのは平成も半ばになってからと通説的には言われている。もっとも昭和後期の郷土料理本にはすでに「せんべい汁」の名が見られるので、決して地方食ブームに乗っかってつけられた新しい名というわけではない。

 

 実のところ、わたしが青森や岩手でせんべい汁を食べたのは、比較的最近のこと。それ以前は持ち帰ったせんべい汁用煎餅の袋に記載のレシピに従い、我流で作った自作のものばかり食べていた。後日、現地でちゃんと食べて答え合わせをしてみたが、おおまかには違いがなかったので安心した。

 

 鶏肉で取った出汁に、味付けは醤油。根菜類やキノコを入れ、最後に割り入れた煎餅を投入にて少し煮込んで出来上がり。ぷっくりと膨れた耳の部分は歯ごたえがあり、真ん中の平べったい部分はするりとのど越しよく、他の具材ともども様々な食感が味わえる。肉・野菜・炭水化物とひと碗で総合的に栄養が取れ、多忙な身にはとってもありがたい。おかげで冬などは大鍋いっぱいに作って、数日かけて食べている。温め返しても、煎餅が変わらぬ存在感を発揮し続けるのも心強い。

 

 わたしは飛行機が苦手なので、東北から京都までの帰り道はなかなかの長旅となるが、なあに最終的に割って汁に入れるのだ。持ち帰りの道中に壊れても、不便はない。それにせんべい汁用煎餅は地元スーパーなどで買うとなかなか大容量で、カバンに無傷で詰めるのは難しい。

 

 一方で悩ましいのは、さまざまなメーカーがこの煎餅を販売していることで、毎回、南部煎餅売り場でどれにしようかと悩んでしまう。「前回はこれを買った」と覚えていれば食べ比べもできようが、なにせわたしはまったく記録をつけず、記憶力もあいまいときているので困ったものだ。また南部煎餅は形がどこのメーカーもほぼ同じなので、見分けがつかない。結局は適当に選んだものを持ち帰るわけだが、どれを買ってもちゃんと美味しく、自分の求めるせんべい汁の味になる。

 

 その曖昧さはすべて、わたしのぼんやりした性格に起因している。だが一方で特定の商品を旅先から持ち帰ったのではなく、その地に根付いた味を運んできたように思われて、実はなかなか気に入っている。というわけでわたしは次回も青森・岩手に出かけた折は、南部煎餅コーナーでううむと頭を抱えるのだろう。そのひと手間もまたわたしにとっては、せんべい汁の滋味の一つだ。

 


 

澤田 瞳子さん

 さわだ・とうこ 1977年生まれ。同志社大文学部文化史学専攻卒業、同大学院博士前期課程修了。2016年、『若冲』で親鸞賞、21年『星落ちて、なお』で直木賞受賞。『赫夜』『孤城春たり』など著書多数。

澤田 瞳子さん

Ⓒ富本真之