物心ついた頃からの食いしん坊で、それで長じてこんなコラムを書かせていただくようになったのだから、まったく何が身の助けになるか分かったものではない。
面白いのは今のところ、以前はあまり好きではなかった食品を好きになることはあっても、その逆はないことだ。四十の坂を越えた頃から、脂っこいものを夜に食べると胃もたれすることはあるが、それでも現状はまだ、「ちょっとそれは食べるのがしんどくって」と断らずに済んでいる。年を経るにつれて幸せなことが増えているのだから、ありがたい限りだ。
そんな中で、最近、急に美味しいなと思うようになったのが、いわゆる練り物類だ。昔は申し訳ないことにどれもこれも同じだろうと感じていたし、板わさやキュウリの竹輪巻きといった料理にもあまり惹かれなかった。それが最近は海辺の街などに出かけた折、土産物屋で練り物類を見かけると、ついつい手に取ってしまう。
そんな中でもはや好物の域に達しているのが、鹿児島県のさつま揚げだ。魚のすり身を油で揚げた「さつま揚げ」は、今日ではすでに一般名詞になっている。そのため、どこで食べても同じなのでは?と思われる読者さんは多いだろうし、わたし自身も恥ずかしながら、長らく同様に思っていた。
ところが数年前、仕事で鹿児島に行った折、現地の居酒屋さんで出てきたさつま揚げを食べて驚いた。まず魚の味がとても濃い。そして、全体にしっかりと甘い。九州はもともと甘めの味付けが多い土地だが、それが魚肉の持つ塩味と混じり合い、パンチの強い食べ物となっている。練り物と言えば食卓のサブ的存在と思っていたが、がっつり主役を張れるインパクトだ。
翌日、さつま揚げの専門店に駆け込み、自宅用とお土産用にあれこれ選んで帰ったことは、言うまでもない。そして爾来、実は鹿児島のさつま揚げは我が家では、お世話になった方に送る定番のギフトとなっている。京都の人間がさつま揚げか!と突っ込まれるかもしれないが、それほどに美味しいと思ってるのだ。何卒ご寛恕いただきたい。
鹿児島県ではさつま揚げ――地元の方々は「つけあげ」と呼ぶこの製品を地域の伝統的な食品と見なし、「ふるさと認証食品認証基準」を定めて、審査・認証している。それに従えば、認定を受けられるさつま揚げは、でんぷんの含有率は魚肉の八パーセント以下。「色沢、形態、香味及び食感が良好で、気孔及び魚皮その他の夾雑物がほとんどなく」とあるので、つまり魚肉のなめらかさも重要な要素だ。
加えて、個人的に鹿児島のさつま揚げの嬉しい点は、見た目のバリエーションの豊かさだ。もちろん魚肉が主たる原料なので主たるカラーが茶色であることは否めない。しかしたとえば、さつま揚げに加えられた枝豆の緑、チーズの黄色、レンコンの白に海苔の黒。大きさも形もさまざまなそれらは目に嬉しく、口に入れればそれぞれ異なる食感をもたらす。さつま揚げとはこんなに華やかな食べ物だったのかと以前の自分の不見識をつくづく反省させられる。
悩ましいのは、購入からおおむね一週間程度という消費期限の短さだ。冷凍すればいいじゃないかと言われるかもしれないが、「でも、枝豆はすぐに食べたい。海苔も、トウモロコシも」と悩んだ結果、結局、そのまま一気に食べきってしまう。
いくら魚が主材料でヘルシーと言っても、揚げ物だ。中年太りが気になる昨今、もう少しゆっくり食べたいのだが、一つつまむとついつい後を引くので、それもまた難しい。嬉しい悩みと不可分な、南国の味である。
澤田 瞳子さん さわだ・とうこ 1977年生まれ。同志社大文学部文化史学専攻卒業、同大学院博士前期課程修了。2016年『若冲』で親鸞賞、21年『星落ちて、なお』で直木賞受賞。『赫夜』『孤城 春たり』など著書多数。 |
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