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何杯でも食べ歩く 沖縄のヒンヤリ「ぜんざい」

旅先ではどれだけ忙しくとも、その地ならではの味を求める時間を死守する。どうせなら数多くの味にチャレンジしたいので、一つの食べ物にこだわらぬようにしているが、沖縄に行ったときだけは例外だ。滞在中は昼ご飯のついでにこちらの店で、コーヒーを飲んだついでにあちらの店で、とことあるごとに「ぜんざい」を食べ歩き、他の甘いものには目もくれない。ここまでハマっている甘味は他になく、同行者には毎回、「そんなに好きなの?」と驚かれる。わたし自身も不思議なものだとつくづく思うほどのハマりぶりだ。

 

よく知られているぜんざいは汁粉の一種で、地域によって違いはあるが、おおむね餅と粒あんの組み合わせで構成される温かな甘味だ。だが沖縄でぜんざいと言えば、甘く煮た金時豆を白玉とともにかき氷にのせた、冷たい甘味を指す。店によってはここにフルーツが加わったり、甘く煮た芋がのったりもするが、金時豆の甘煮・白玉・かき氷の三つは必須だ。豆が原則的に黒糖で煮られているため、甘さはあっさりと優しい。おそらくそれが一日に数軒食べ歩いても飽きない最大の理由だろう。また近年は生のフルーツソースを使ったり、撮影して映える美しいメニューを考案しているお店も多い。わたしのようなぜんざい好きは、その誘いにほいほいと引っかかってしまっているというわけだ。

 

沖縄のぜんざいの誕生には様々な説があるらしいが、そもそもこの地には古くから、緑豆や小豆を黒糖で煮た行事食があるという。第二次世界大戦後、金時豆の流通が増えた際、比較的廉価なこの豆を、黒糖で煮ることが普及。同時期に冷凍庫が一般的に用いられるようになり始めたこともあり、かき氷と金時豆の甘煮を合わせる食べ方が定着したのでは――というのが、よく支持されている説とうかがった。となると沖縄のぜんざいは、この地の長い伝統と戦後の生活の変化が交じり合い、更にそこに南国の炒りつけるような暑さの中、ひと時の涼を求めずにはいられない人間の思いが重なって誕生した甘味。昔からの風土という横軸、生活様式の推移という時間軸に人間の精神性が加わり、沖縄という地を三次元に体現している――と考えると、ふんわりと優しい味わいに更なる奥行きが加わるではないか。

 

飛行機が苦手ということもあり、わたしが初めて沖縄に行ったのは、三十歳を過ぎてから。ただその時、何の気なしに食べたぜんざいの虜になったわたしは、旅行中、一日、三、四杯のぜんざいを食べ歩き、帰宅後にはあの味を再現できないかと、自分で金時豆の甘煮を作りもした。

 

豆は何度も煮るうち、まあまあ納得できるものが作れるようになった。かき氷もわざわざ機械を買った。だが、やはり駄目なのだ。あのひりひりとした日差しを避けながら食べる沖縄での味わいには、どうしたってかないはしない。「食べ物はその地で食べるのが一番おいしい」なんていう陳腐な言葉は書きたくはないし、そもそもわたしはおいしいものはどこで食べてもおいしいと信じている。だがこと沖縄のぜんざいについてだけは悔しいことに完敗だ。少なくとも京都の湿気の多い高温と金時豆の甘煮は、あまり相性がいいとは思い難い。

 

かくして沖縄に行く都度、可能な限りぜんざいを食べ歩き、帰るとまた、ああ、沖縄でぜんざいを食べたいなあと思う。暑さには弱い体質というのに、なるべくおいしく味わえるよう、沖縄行きはできれば気温が高い季節を選ぶ癖までついてしまった。

 

色々食べ歩いてたどりついた好みは、結局、豆・氷・白玉だけのシンプルなぜんざい。それもひょいと飛び込んだ定食屋さんなどで掻き込むものが、びっくりするほどおいしかったりする。ただあまりに適当に店を決めたので、次に訪れてもはてあれはどの辺りだったっけと頭を悩ませることも数多く、そのたび、わたしはまだまだ沖縄を一部しか知らないなと思い知らされる。

 

田 瞳子

さわだ・とうこ 1977年生まれ。同志社大文学部文化史学専攻卒業、同大学院博士前期課程修了。2016年『若冲』で親鸞賞、21年『星落ちて、なお』で直木賞受賞。『火定』『春かずら』など著書多数。

澤田 瞳子さん

Ⓒ富本真之