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変わらぬおやきの滋味、伝える時代の妙味

信州の郷土料理おやき=農林水産省のウェブサイトから

ご当地グルメ以外の話で恐縮だが、我が家の台所には長らくホットサンドメーカーが常備されている。ハムとチーズ、ツナマヨと千切りキャベツなどの定番組み合わせはもちろん美味。ただ一方で、その時に冷蔵庫にあるものを適当にサンドイッチ用パンにはさんで焼くだけでもおいしい。中でもお勧めは野菜のきんぴらや切り干し大根の煮物で、ボリュームを出すためにチーズをはさむことが多いものの、総菜類だけでも十分味わい深い。

 

「パンにきんぴらや切り干し大根?」と驚かれるむきもあるだろう。ただわたしがこの食べ方を違和感なく受け入れられたのは、信州地方の郷土料理・おやきを先に知っていたからだ。極端な言い方をすれば、小麦粉+総菜類という点では、おやきもきんぴらホットサンドもさして変わりがないというわけだ。

 

小麦粉やそば粉の皮に野菜やキノコ、小豆餡などをくるんで焼いたおやきは、長野県内を旅すれば至るところで目にする、腹持ちのいい食べ物だ。わたしが初めてこの料理に接したのは、大学一年生の時。岐阜県北部で行っていたサークルの合宿中、日帰りレジャーとして出かけた上高地で売られていたものを買ったのだった。

 

野沢菜、ナス、切り干し大根、リンゴの甘煮……色とりどりのシールが張られたおやきのどれにしようかと迷いに迷い、「切り干し大根」に決めた。甘いもの好きのわたしにしては珍しい選択だが、多分、その時は一帯を散策した後で大変おなかが空いていたのだと思う。ただその時の決断は決して誤りではなく、じゅわっと染み出す切り干し大根の味わいと香ばしい皮の組み合わせの虜となった。それまで切り干し大根といえばおかずとして、小鉢に入ったものしか知らなかったこともあり、「こんな食べ方もできるのか!」と驚いた。翌年もまた同じ店で同じ味を買い、同級生によほど気に入ったんやなあと笑われた。

 

なにせ当時はまだ、インターネット黎明期。ご当地グルメを知る機会も少なく、今日ではすっかりメジャーとなった「お取り寄せ」とて一般的ではなかった。それだけに大学を卒業し、合宿ついでに上高地に足を延ばすこともなくなると、おやきはとんと縁遠い存在となった。わたしがホットサンドメーカーを手に入れ、切り干し大根やきんぴら入りサンドを作り出したのは、まさにその頃に当たる。いうなれば、おやきの代用品としての和惣菜ホットサンドだったのかもしれない。

 

ただその後、つまり西暦2000年代はインターネットが目覚ましい勢いで普及していった時代だった。ビジネスや行政分野では争うようにIT化が進み、個人や企業のホームページが雨後のタケノコのごとく増えていった。そんな最中、初めて上高地でおやきに出会ってからちょうど十年後の年、ネットサーフィンをしていたわたしはあるおやき専門店がオープンさせたばかりの通販サイトに行き合った。お取り寄せなんて、初めてだ。しかもそれがネット経由とは。だが懐かしいおやきへの魅力には抗えず、恐る恐る冷凍おやき十個入を発注した。届いた品を早速オーブンで温め、昼食としてテーブルに乗せたわたしに、母が「こういうものがネットで買えるとはねえ……」と実に不思議そうな顔をしていた。

 

あれから今年でこれまたちょうど二十年。インターネットはもはや我々の生活になくてはならない存在と化し、その時のおやき専門店はわたしの地元生協のカタログに掲載されるほど販路を拡大なさっている。だからわたしは時折、生協経由でおやきを取り寄せ、一方で冷蔵庫の総菜類でホットサンドを作っている。どちらもおいしく、なじみ深い味であるが、一方でもしいつかまた上高地に出かける日があれば、あの時のおやき屋さんを探してみたい。わたしにとっては時代の変化を覗き見るきっかけをくれた、しかし昔から変わらぬ大切な味だからだ。

 

田 瞳子

さわだ・とうこ 1977年生まれ。同志社大文学部文化史学専攻卒業、同大学院博士前期課程修了。2016年『若冲』で親鸞賞、21年『星落ちて、なお』で直木賞受賞。『火定』『春かずら』など著書多数。

澤田 瞳子さん

Ⓒ富本真之