読んでたのしい、当たってうれしい。

現在
33プレゼント

出雲蕎麦で解消 食いしん坊の「大盛」問題

出典:農林水産省「うちの郷土料理」 画像提供元 :日本の食文化発信サイト「SHUN GATE」

これまでの人生で、「体格の割に実は大食い」「そう見えない癖に食いしん坊」と色々な折に言われてきた。食べるスピードがかなり速いこともあって、気が付くとつるりと平らげているとの印象を持たれるようだ。ちなみにこのエッセイの担当記者さんにも、つい数日前にこの二つを指摘されたばかりである。

 

わかっている。自覚はあるのだ。四十代に入って以降、さすがに少しは量が減ったが、それでもいまだ「ひかえめ」「小盛」サイズでは足りないことが多い。ちなみに我が母も高齢者にしてはいまだよく食べるし、大正生まれの大叔母もそうだった。これは澤田一族の女性の特徴かもしれない。そういうことにしておこう。そしてそんな胃袋を抱えて毎回悩まされるのが、蕎麦屋の「大盛」問題である。

 

そもそも蕎麦屋に行くのは、麺類が食べたいからだ。とはいえ、わざわざ大盛にする必要があるのか? ああいうオーダーは食べ盛りの成人男性向けのものではないのか。いくら大食い気味のわたしだって、わざわざ大盛にするほどでは――と考えて、澄ました顔で普通に注文を済ませるのだが、いざ提供された品を前にして、「足りない……」と思うことは珍しくない。さりとてもう一杯、追加オーダーをするのはさすがに多いし、ううむ、次回こそは大盛をと誓って店を出る。とはいえ次に訪れた時にはまたも、「けど、やっぱり大盛はねえ」と妙な自重をして、同じ轍を踏むわけであるが。

 

そんなわたしにとってありがたい蕎麦が、山陰にある。出雲地方の伝統的な蕎麦料理、割子そばである。朱色の丸い漆器、「割子」に入った冷たい蕎麦が三段重ねで提供され、まず一段目に薬味と蕎麦つゆをかけていただく。次に残ったつゆを二段目の蕎麦にかけ、薬味も追加して食べ、更に残ったものを三段目に――という独自の順番で食べるのが特徴である。

 

出雲蕎麦は、殻のついた蕎麦の身を丸ごと挽いた「挽きぐるみ」と呼ばれる粉で打たれているのも特色で、色が黒く、栄養価も高い。蕎麦の風味も当然格段に強く、冷たい割子蕎麦でいただくと、ますますそれが際立つ。朱漆塗りの割子と蕎麦の灰色のコントラストも目に美しいため、わたしは松江・出雲に出かけるとまずは蕎麦屋に飛び込むことを楽しみに一つにしている。

 

そしてありがたいことにこの割子蕎麦は、大抵のお店で割子一枚単位での追加ができる。蕎麦の大盛は後からできないが、もう少し食べたいな、と思った時に、これが実にありがたい。そうでなくとも割子ごとにのせる薬味を変えられる蕎麦は、味のバリエーションがつきやすいこともあって食が進みやすいものだが、それが割子一枚オーダーのおかげでますます昂進してしまう。大変美味しく、またありがたいシステムである。

 

ちなみに出雲地方では割子蕎麦以外にも、茹で上げられた蕎麦を蕎麦湯ごとどんぶりに移し、そこにそばつゆを足して食べる釜揚げ蕎麦もあるという。これは出雲大社を筆頭に、長い歴史を持つ古社の多い当地において、参詣の人々が食べていた門前の蕎麦が由来。手間がかからぬよう、茹で蕎麦をそのまま器に入れて供していたのが始まりと聞くが、わたしはもともと蕎麦は冷たい方が好みとあって、いまだこちらをいただいたことがない。店に入るまでは、「今回こそは釜揚げを!」と思っているのだが、情けないことに毎回翻意して、後から後悔する。

 

――いや、待て。そう顧みるとわたしは実はどこの蕎麦屋でも、食べる量やらメニューやら、いつも心残りばかり抱いているのではないか。とはいえそんな食欲と不可分な好奇心があればこそ、毎日はかくも面白い。そんなわけでそろそろまた出雲でお蕎麦を食べたいなあと、スケジュール帳を睨んでいる。

 

田 瞳子

さわだ・とうこ 1977年生まれ。同志社大文学部文化史学専攻卒業、同大学院博士前期課程修了。2016年『若冲』で親鸞賞、21年『星落ちて、なお』で直木賞受賞。『火定』『春かずら』など著書多数。

澤田 瞳子さん

Ⓒ富本真之