大きな紙袋を手に女性が乗り込んできた。かと思うと、すぐ隣の電停で下車。つられて後を追うと「家は近くだけど大荷物だから。買い物帰りは市電なの」
JR鹿児島中央駅から伸びる大通りを行くと、やがて人通りが増えてくる。江戸時代、天体観測の施設が建てられたことにちなむ天文館地区。いまや南九州随一の繁華街だ。その一角で電停を見下ろすように立つルネサンス調の建物は、老舗デパート山形屋。地元の人々になじみの景観は、約100年前に誕生した。
もともと電車は1本東の大通りを通る予定だった。しかし、立ち退きや騒音を敬遠した一帯の店主たちとの協議は難航した。助け舟を出したのが山形屋呉服店の当主、岩元信兵衛。店の土地を無償で提供し、店に面した道路に軌道を引かせたという。1914(大正3)年10月、路面電車が走り始めると、山形屋を中心に周辺は発展していった。
地元の町内会長を約30年務める岩田泰一さん(76)は電停そばの明石屋菓子店の6代目主人。「行き来するのも大変なほど」だった75(昭和50)年前後の天文館・納屋通りの人出を覚えている。古くからの店は減ってきたが、「新しく出店した若い人たちも一緒に地元を盛り上げてくれます」と頼もしげに話す。
「山形屋は濁らず『やまかたや』と呼びます」。観光電車「かごでん」では市民がボランティアでガイドを務める。田中かすみさん(57)は「最小限に絞ってるけど、お話ししたいことがたくさんあって」。湯地定豊さん(74)は「最近は郊外のショッピングセンターで買い物をする人も増えたけど、市電で街の回遊性を取り戻したいですね」と意気込む。
山形屋のエレベーターを上ると、霧の中から桜島が顔を出した。
文 中村和歌菜/撮影 上田頴人
鹿児島市電は鹿児島駅前電停を起点とする2系統、総延長13.1キロ。 (土)(日)(祝)に1日4本運行する観光電車「かごでん」は、鹿児島中央駅前電停から70分かけて市内を巡る。各回先着30人程度、340円。問い合わせは市交通局(099・257・2111)。 鹿児島市は県庁所在地として全国一の源泉数を誇る。大半の銭湯が温泉から湯を引き、390円で入浴できる。荒田八幡電停から徒歩6分の竹迫温泉は創業123年の老舗。個性派ならかごっま温泉。演歌が流れ、備え付けの塩でマッサージしてから入る塩湯がある。市役所前電停から徒歩3分。
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山形屋は1751年に紅花仲買と呉服太物行商として創業。電車開通後の1916年に新店舗が完成し、17年にデパートとしての営業を開始した。名物は三杯酢をかけて食べる焼きそば(写真、700円)で、年間20万食を売り上げる。 |