木漏れ日に誘われて目を上げると、真っ赤に染まった紅葉の海を泳ぐように、2基のゴンドラが行き交っていた。
桜の名所として名高い吉野山。中腹に位置する駅はその玄関口だ。桜の美しさを全国の人に知ってほしいと、実業家の内田政男が運営会社を立ち上げたのは1929(昭和4)年のことだ。
古くから金峯山寺(きんぷせんじ)によってひらかれた吉野山は、人々が暮らす山でもあった。ロープウエーは、山でただ一つの小学校、吉野山小へ通う子どもたちや、門前の旅館や土産物店で働く人たちの足としても欠かせなかった。2004年に小学校は閉校となったが、たった2駅を結んで今なお定期券を発行し続けている。
第2次世界大戦時には地元住民から嘆願書を集めて金属供出をまぬかれ、開業以来の支柱などを守った。昨年7月、国内現役最古のロープウエーとして「機械遺産」に選ばれた。
だが今や「乗客の98%が観光客」と内田恭さん(39)。就任3年目の4代目社長だ。「吉野山は桜だけじゃない。先代の歩みに感謝しながら、新しいこともしていかなあかんと思ってます」。09年からは観光協会が秋もライトアップを開始。吉野山ロープウエーも、来月から観光客の利用に合わせて始発を1時間遅らせるなど運行ダイヤを見直す。
駅の横を、カップルの観光客が肩を寄せ合いながら通り過ぎていった。もうすぐ季節が変わる。
文 辻村碧/撮影 バンリ
吉野山ロープウエーは奈良県吉野町の千本口駅と吉野山駅の2駅を結ぶ349メートル。高低差103メートルの勾配を約3分で運行する。 吉野山駅から徒歩10分の世界遺産、金峯山寺(TEL0746・32・8371)は7世紀、修験道の開祖とされる役行者(えんのぎょうじゃ)が感得した金剛蔵王権現を山桜の木に彫り、ここと山上にまつったのが始まりと伝えられる。 本堂の蔵王堂と仁王門はともに国宝。2月3日の節分会では豆まきや役行者が鬼を改心させた言い伝えにちなむ鬼踊りが披露される。3月29日から期間限定で秘仏の本尊が開帳される。 |
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1851(嘉永4)年から5代続く吉野葛の専門店八十吉(TEL0746・32・8739)は駅から徒歩15分。10月~翌3月は冬季限定メニュー、葛もちのセット(写真、900円)が食べられる。出来たてぷるぷるの葛もちに黒糖きなこを添えて。香ばしさが食欲をそそる。 |