ハイキング姿の女性が2人、駅に降り立った。案内板をじっと見つめる後ろ姿に「どこまで行くの?」。声の主は酒向(さこう)茂さん(70)。美濃加茂市内で弁当製造業と食堂を営む「向龍館」の2代目社長だ。郡上八幡へ散策に行くという2人に乗り換えの案内をしたあと、おもむろにきり出した。「お弁当いらない?」
社長自らホームに立って、7、8年が経った。駅弁を入れたベルト付きの箱を肩から提げ、「松茸(まつたけ)の釜飯」を売る。普通列車が到着するたびに、高山線と太多(たいた)線のホームを行ったり来たり。乗降客の間を歩いて、声がかかるのを待つ。迷っている人には積極的に話しかけるが、基本は受け身。商売っ気の無さに、売り声はあげないんですかと聞くと「人が少にゃあでよう」と一言。
立ち売りの営業スタイルは1959年の創業当時から。1日300個売れた時代もあったが、現在は20個出れば「御の字」。特急の停車時間が短くなり、窓の開かない車両が増えたためだ。追い打ちをかけたのは東海北陸自動車道の開通。「旅が便利になるほど苦しい」と嘆く酒向さん。JR東海によれば、立ち売りを続けている駅は管内でここだけという。
この日、弁当を一つ買い求めた70代の男性は「無くしちゃいけない光景」と言って小脇に抱えた。「そんな人に支えられている。だから体の動く限りはやり続けるよ」。酒向さんが肩のベルトを直しながら、静かに話した。
文 岡山朋代/撮影 浅川周三
JR高山線は、岐阜駅(岐阜市)と富山駅(富山市)を結ぶ225.8キロ。美濃太田駅(岐阜県美濃加茂市)はJR中央線の多治見駅(同県多治見市)と結ぶJR太多線や長良川鉄道の始発・終着駅でもある。 各務ケ原駅のある各務原市内のスーパーなどでは、キムチ日本一の都市研究会(市観光文化課内、TEL058・383・9925)が認定した各務原キムチを購入できる。市特産のニンジンと、姉妹都市の韓国・春川(チュンチョン)市特産のマツの実が入っている。キュウリ、スルメ、エゴマの葉などのキムチも。
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酒向さんが売る松茸の釜飯(950円)は、駅構内と美濃加茂市内の店舗(TEL0574・25・2083)で購入できる。発車までの電話注文で車両までの配達も(10個以上は要相談)。茶飯の上にマツタケや鶏肉、タケノコやワラビなどの山菜がのっている。 |