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南蛇井(なんじゃい)駅(群馬県、上信電鉄)

春、幻の花は生きている

南蛇井(なんじゃい)駅
例年4月20日ごろまで花を咲かせ、5月上旬には白い綿毛姿になる
南蛇井(なんじゃい)駅 地図

 待避線の脇で、赤紫色のかれんな花が頭を垂れる。花や茎を覆う産毛のような細い毛が、陽光に輝いて見える。種子の綿毛が白髪の翁を思わせることからその名がついたオキナグサは、環境省が絶滅危惧Ⅱ類に分類する希少植物だ。線路沿いに約2千株が根を張る。春になると、その姿を目当てに全国から人が訪れる。

 「この地域ではオカンポロと呼んでいて、1960(昭和35)年ごろまでは近くの大桁山のふもとで見られました」と地元でオキナグサの保護に取り組む富沢康武さん(71)。証券会社で働いていた20年近く前、庭に生えていた1、2株から栽培を始めた。やがて「100年後の絶滅確率はほぼ100%」という国のレッドデータブックの記述を知った。「阻止してやろう」とさらに力を注ぎ、今では約3万株を育てるまでに。「幻の花とも呼ばれているんですけどね」と笑う。

 富沢さんの活動を知ったのが、沿線の活性化に取り組んでいた上信電鉄労組の元委員長、大河原照男さん(71)だ。駅から望む神成山に2001年、地元の人たちの協力でハイキングコースを整備。富沢さんに提供してもらった約2千株を移植した。

 駅に置いた鉢植えからは綿毛が風で飛び、線路脇に自然と株が増えていった。「砕石が敷かれた線路は水はけがよく、日当たりが良好ですから」。オキナグサを管理する駅員の深沢栄次さん(74)が教えてくれた。事務室入り口には手袋と小さな鎌。草をむしり、害虫を駆除して10年以上世話してきた。

 「石がのっているとかわいそうでしょう」。深沢さんが小石をどかすと小さな芽が。「ちょっと手を貸してやるだけ。ちゃんと生きる力があるんです」。そう言って優しく見つめた。

 文 中村さやか撮影 上田頴人

 

沿線ぶらり

 上信電鉄は高崎駅(群馬県高崎市)と下仁田駅(下仁田町)を結ぶ33.7キロ。下仁田地区はネギとともにコンニャクが名産。下仁田駅すぐの常盤館(TEL0274・82・2216)では、コンニャクの天ぷらやそうめんが食べられる。

 世界文化遺産登録をめざす富岡製糸場の最寄り駅、上州富岡駅には先月、製糸場をイメージしたレンガ造りの新駅舎が完成。「峠の釜めし」で有名なおぎのや富岡製糸場前店(TEL67・5111)では、シルクたんぱくを練り込んだソフトクリーム、富岡シルクソフトが味わえる。周辺の土産物店には絹の成分を配合したせっけんや菓子なども。

 

 興味津々
駅名キーホルダー
 

 「群馬県の地名」(平凡社)によると、南蛇井の名は平安時代の「和名抄」にある那射(なさ)郷にまでさかのぼれるという。「富岡市史」には「南の蛇井戸」という井戸があったとも。変わった名の駅を訪れた記念に駅名キーホルダー(525円)を買い求める人も多い。

(2014年4月8日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)