読んでたのしい、当たってうれしい。

現在
63プレゼント

飯沼駅(岐阜県、明知鉄道)

人里離れた「日本一斜めの駅」

飯沼駅
急勾配の線路に合わせた斜めのホーム。まっすぐに立つ駅舎との取り合わせが平衡感覚を揺さぶる?
飯沼駅 地図

 1両きりの気動車を降りると、足元が……?? 試しにペットボトルを寝かせて置くと、ゆっくり転がった。ホームが傾いている!

 駅舎の壁には「勾配33パーミル」。1キロ走れば33メートル登るという急傾斜。飯沼駅は「日本一斜めの駅」だ。周辺に人の姿も見当たらない無人駅。集落は駅からさらに坂を上ったところにある。たまに走り過ぎる車の音と鳥のさえずり以外は、しんと静かだ。

 「ようここに、駅をつくってくれたと思います」。こう話すのは飯沼地区に住む鈴木末夫さん(71)。「昔は、隣の阿木駅から家まで4キロほど歩かなければならんかった。蒸気機関車が走ってた頃は、途中で飛び降りたこともあったわ」

 飯沼に駅をという声は以前からあったが、旧国鉄の場合、駅開設の基準は停車区域の勾配が3・5パーミル以下。実現は難しかった。転機は、国鉄から第三セクターへの転換で明知鉄道が誕生した1985年。区長を務めていた鈴木さんは「民間になれば融通がきくだろう」と、駅設立を鉄道に働きかけた。

 これを受けて明知鉄道は線路が滑りやすくなる落ち葉や雪の季節、乗客の代わりに砂袋を乗せた列車を夜中に走らせる実験を繰り返した。こうした努力で6年後の1991年、開業にこぎつけた。

 飯沼地区と周辺には約200世帯が暮らすという。だが、駅の1日の平均乗降客数は30人弱。鉄道全体でも1400~1500人ほど。経営は赤字続きだ。「先輩のつくったものをなんとか残したい」(籠橋孝安・明知鉄道総務課長)と特産品を使った料理列車など集客に工夫を凝らす。飯沼駅の線路にまかれる滑り止めの砂も、受験生のお守りとして売り上げに一役買っている。

 文 河瀬久美撮影 浅川周三

 

沿線ぶらり

  明知鉄道は、いずれも岐阜県恵那市の恵那駅と明智駅を結ぶ11駅、25.1キロ。飯沼駅は同県中津川市にある。

 特産の寒天を使った料理が食べられる「寒天列車」(通年)や夏の「あゆ列車」、秋の「きのこ列車」など、観光客向けの料理列車を運行している(要予約、TEL0573・54・4101)。

 極楽駅は2008年に開業。駅名は近くにあったという寺の名前に由来。縁起がいいと遠方からバスツアーも訪れ、「極楽行き」の切符も土産に人気。ホームには高さ50センチ弱の「幸せ地蔵」が。野志駅は飯沼駅に次いで日本で2番目とされる30パーミルの急勾配にある。

 

 
興味津々
ネーミングライツ
 

 明知鉄道は列車に愛称をつけられるネーミングライツを販売中。「○○ちゃんお誕生日おめでとう号」などと書かれたプレートをヘッドマークに付けられる。プレートは運行後、記念に持ち帰ることができる。明智~恵那間1往復分5250円。

 
 
(2013年5月7日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)