避暑客の姿は、まだない。軽井沢から二駅目。「高原の古駅」と呼んだのは、この地で晩年を過ごした作家、堀辰雄だった。
雪の消えた浅間山を背に、ホームに植えられた野バラがつぼみをふくらませている。夏が来る前に誰にも見られずに咲き、香るという。「堀辰雄が愛した花です」。地元の仲間とともに野バラを植えた那須由莉さん(65)が教えてくれた。
駅舎を仕事場として、地域の情報や暮らしにまつわる書籍を編集している。幼いころから追分にある父の別荘で夏を過ごしてきた。「夏休みを凝縮したにおいのする駅が大好きだった」という。
大正生まれの駅は97年、JRから第三セクター、しなの鉄道に移管された。8年後、「暮しの手帖社」が発行する季刊誌の編集長に就いた那須さんは、無人の駅舎に編集室をおこうとひらめいた。もったいない、が雑誌のテーマだった。
鉄道会社も協力してくれた。駅長室など44平方メートルを借り、ペンキを塗って壁紙を貼った。賃料は都心の駐車場程度。季刊誌の休刊後は住まいも兼ね、一角を画家の夫のアトリエにあてた。オオヤマザクラの保護など、地元の人たちと追分の風情を守る活動の拠点でもある。
堀辰雄を慕い、追分で書き、恋をし、24歳で夭逝(ようせい)した詩人がいた。立原道造。その詩を書いた木札を那須さんはホームに立てた。〈夢はいつもかへつて行つた/山の麓(ふもと)のさびしい村に〉
文 曽根牧子/撮影 馬田広亘
しなの鉄道は軽井沢駅(長野県軽井沢町)と篠ノ井駅(長野市)を結ぶ65.1キロ。 追分宿は江戸時代、中山道と北国街道が分かれる宿場町として栄えた。今も宿場の雰囲気を色濃く残す。堀辰雄文学記念館(400円、(水)休み、TEL45・2050)では、堀辰雄の住まいや書庫を見学できる。代表作『風立ちぬ』に触発されたという同名のジブリ映画が7月公開。 隣の中軽井沢駅には4月、地域交流施設くつかけテラス(TEL41・0743)がオープンした。約7万冊収蔵の図書館やカフェからなる。 |
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信濃追分駅から徒歩20分、追分宿にある生活雑貨店寿美屋(すみや、(水)休み、TEL0267・45・1252)のオーナー手作りのジャム(500円~)や「田舎ふき味噌(みそ)」(480円)は、避暑客らに人気だ。8月1日(木)~20日(火)には駅での直売も。地方発送可。
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