安曇野市から白馬村までの約50キロに渡る「安曇野アートライン」。19の美術館や博物館を結んだ線をいいます。田や麦畑、道祖神など素朴な風景を眺めつつ、市観光協会の後藤憲二さん(61)の案内で、自然に溶け込んだかのような美術館を巡りました。
取材・文/神谷実里
撮影/篠塚ようこ
緑がいっぱい 心地よい空間
後藤さんが運転する車で、安曇野アートラインに属する美術館をいくつか巡った。穂高駅を出発し、まずはすぐ近くの「碌山(ろくざん)美術館」へ。カツラやシラカバなど様々な木々に出迎えられ、れんがにツタがからまる教会風建築は、一見、美術館とは思えない。館内は荻原守衛(もりえ)(碌山)をはじめ、高村光太郎らのブロンズ彫刻を中心に展示している。ステンドグラスの円窓から光が降り注ぐ中、今にも動き出しそうな作品を鑑賞した。外に出れば正午を知らせる鐘の音が高らかに響き渡り、どこか違う国へ来たかのようだ。
次の美術館へ向かう前に、車は長峰山の山道へと入っていった。しばらくして大きな木製の展望台が現れた。ここは安曇野が一望できる後藤さんのおすすめの場所だ。田や麦畑、街を流れる川が合流しているのが見える。「ストレスなんて忘れてしまいます」。後藤さんの言葉を聞きながら大きく息を吸い込んだ。かつて作家の川端康成と井上靖、日本画家の東山魁夷が訪れ、この静けさや美しい眺めに心打たれたという。
うっかり通り過ぎてしまいそうなのは「絵本美術館 森のおうち」。植物が生い茂る森の中に、ひっそりと立つ。コテージやカフェを併設し、ウエディングもできる絵本専門の美術館だ。扉を開くと、まるで知り合いの家のようにほっとする空間だった。今話題の絵本、いつか読んだ懐かしのあの絵本―それぞれの原画や実物が並ぶ。カフェ横のテラスにはサルやシジュウカラが顔を見せることもあるそうだ。
作品から伝わる自然の恵み
翌朝は前日の蒸し暑さを忘れるほどの涼しさ。車の窓を開けると爽やかな風が頰をなでた。安曇野の街を歩くと、その水の豊かさに驚く。道路の脇を走る小さな水路さえ、透き通った水がサラサラと音を立てて流れる。北アルプスの山々から一日70万トンもの水がわき出ているという。
「安曇野ちひろ美術館」の屋根は、背後に見える山並みと同じ形。信州産カラマツが使われ、館内は木のぬくもりにあふれる。いわさきちひろは、両親が松川村に住んでいたこともあり、信州の土地に親しんできた。童話や紙芝居のために描いた優しい水彩画は、どこか安曇野の風景に似ている。併設の大花壇には1万株のブルーサルビアが植えられ、夏には鮮やかな青紫色に包まれる。
昨年、死去したアルメニア人画家ジャン・ジャンセンの作品を展示する「安曇野ジャンセン美術館」。ジャンセンの故郷アルメニアの自然風土を思わせる場所を探し、この地を選んだそうだ。彼の絵画は、主題を見る者にゆだねる表現が特徴。その意図を尊重し、題名のプレートは付けていない。そのためか、一層作品と自身が面と向き合える。中には500号の大作もあり、思わず引き込まれてしまった。
どの美術館も、安曇野の深い緑とともに作品が息づいていた。芸術の秋には、鮮やかな紅葉に包まれた美術館の姿も楽しめそうだ。
安曇野市観光情報センター 穂高駅前。(前)9時~(後)5時半(11~3月は4時半まで)。「安曇野アートラインマップ」をはじめ、安曇野に関する資料がそろう。問い合わせは0263・82・9363。駅前からはレンタサイクル(1時間200~300円)のほか、タクシーやあづみ野周遊バス(大人800円)も運行。 |
そば
安曇野市はそばの街でもある。市内に50を超えるそば屋があり、味を競う。「蕎麦処(そばどころ) 吉盛」は、昨年1月に開店。コシと風味が強く、だしのきいたつゆが特徴だ。県内産のそば粉と北アルプスの伏流水を使用している。もりそば(800円)など、手打ちならではの味が楽しめる。安曇野市明科中川手2481の13。(前)11時~(後)2時。木休み。問い合わせは0263・62・5006。
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8月14日(木)(後)7時 安曇野花火
御宝田遊水池(安曇野市明科)付近で開催される安曇野の夏の風物詩。約1万2000発の打ち上げを予定している。問い合わせは市商工観光部観光交流促進課(0263・82・3131)。
8月23日(土)(後)5時半 信州安曇野薪(たきぎ)能
龍門渕公園特設能舞台(安曇野市明科)。人間国宝の片山幽雪、野村萬ら出演。夕映えの北アルプスを背景に舞を楽しむ。一般3500円など。問い合わせは市教委・文化課(0263・62・3090)。