広々とした敷地の真ん中に、一つだけぽつんとガラス張りのトイレ。一体だれが、なんのために?
房総半島の中ほど、田園風景を走る小湊鉄道の無人駅のすぐそばに、丸太を隙間なく並べた壁で囲まれた構造物がある。
入り口の表示で女子トイレとわかるが、ドアを開けると、意外なことに草木が茂る大きな空間が広がる。真ん中に立つ個室のガラス越しに見えるのはまぎれもなく、洋式のトイレ。外壁のドア(もちろん鍵がかかる)を閉めれば外は全く見えない。外の世界と遮断されていながら、ぜいたくな開放感に浸れる。
「世界一大きなトイレ」とも呼ばれるこのトイレは、アート作品として作られた。地元で開かれたイベントに合わせ、手がけたのは建築家の藤本壮介さん(49)。桜や菜の花が咲き乱れる美しい風景の中のトイレ。「周囲に対して開かれていたい」思いと、機能面から「閉じていなくてはならない」矛盾は、建築の根源的なテーマにかかわると考えて取り組んだ。
約650平方メートルの敷地の周囲にめぐらせた高さ2メートルほどの壁。個室の四方はガラス。内部と外部、プライベートとパブリックの間が溶け合い、開放的でいて、守られてもいるトイレになった、と振り返る。「完成からずいぶん経ちますが、今も海外の講演会などでは大人気です。それだけ、普遍性を持ったプロジェクトなのだと思います」
自然豊かな周辺の里山を訪れる人は四季を通じて絶えない。訪れた人々がこのトイレを使うかどうか思案する様子が印象的だった。
(白井由依子)
DATA 設計:藤本壮介建築設計事務所 《最寄り駅》 小湊鉄道飯給(いたぶ) |
飯給駅から車で10分弱の市原湖畔美術館(問い合わせは0436・98・1525)は、高滝湖の風景と野外彫刻の鑑賞が楽しめる。午前10時~午後5時((土)と(祝)の前日は9時半~7時、(日)(祝)は9時半~6時)。(月)((祝)の場合は翌平日)休み。入館料は展覧会によって異なる。