へこんだ壁に不ぞろいな窓は、前衛的な彫刻作品のよう。水平・垂直の線が見当たらない?
八ケ岳山麓の標高千メートルにあるリゾート。米国の芸術家キース・ヘリングの作品約300点を所蔵する中村キース・ヘリング美術館を目指して遠方からも人が訪れる。彼らが最初に目にするのがこのホテルだ。
井戸尻遺跡などの遺跡が点在する八ケ岳山麓は、縄文文化が栄えた場所。同美術館や小淵沢駅舎も手がけた建築家の北川原温さん(68)は設計にあたり、「縄文人になったつもりで決まり事にとらわれず、手で土器を作るような感覚を大切にした」と話す。周囲の自然となじんで見えるのは偶然ではない。
「近代科学が発達するなかで尊重された水平と垂直」を、一つずつ取り除いていった。一つ一つ違う窓の形は、外の景色を心地よく感じるよう、50回以上も模型を作って考えたという。客室は裏側の森に面した6室。中ほどがへこんだ外形が、長方形や正方形ではない部屋の形を生み出している。
オーナーの中村和男さん(73)が美術館の建設地に小淵沢を選んだのは、キースの作品に感じた原始的なエネルギーにふさわしいと考えたからだ。美術館と自然との相性が良かったことから建設したホテルも「アート作品そのもの」と中村さん。「自然やアートのエネルギーを体感して、生命力がよみがえるような場所にしたい」。ホテル内にもキースや他の芸術家の作品が展示され、縄文土偶のレプリカがあちこちに飾られる。
南側にそびえる南アルプスに夕日が沈むと、建物は内部からのあかりに照らされる。縄文の人々が囲んだであろう火を思わせる温かみを感じた。
(伊藤めぐみ、写真も)
DATA 設計:北川原温 《最寄り駅》 小淵沢 |
15分ほど歩くと、武田信玄が開いた軍用道といわれる棒道が残る。周辺は乗馬施設などが多く、散策中の馬と出会えるかも。問い合わせは小淵沢駅観光案内所(0551・30・7866)。