交通量の多い国道沿いに立つカマボコ形の建物。白いのれんをくぐって出てくる人はみな、ほぐれた表情をしているが……。
震度7の揺れに2回襲われた2016年の熊本地震。故郷の熊本市で構造設計事務所を営む黒岩裕樹さん(42)の自宅マンションも大規模半壊となり、解体が検討された。
近所に土地を求め戸建ての家を新築するにあたり、1階を銭湯にすることにした。被災後の約2カ月、自宅の風呂を使えなかった経験からだ。
「風呂難民」が集中した近くの銭湯は、洗い場の排水が滞りくるぶしまで水につかっていた。当時2人の子供たちを車に乗せて片道1時間かけて郊外の温泉に通い、「清潔な風呂って大事だなと思った」。地震後に周辺の小さな店などがなくなり、町がひっそりしてしまったのも気がかりだった。
構造設計は自ら手がけ、建築設計は仕事で付き合いのある西村浩さんに依頼した。銭湯は経営が大変だから、と当初は反対した西村さんに対し、黒岩さんは「家の風呂がデカいだけ」。通りに面した銭湯の入り口は自宅玄関も兼ねている。
男湯女湯とも5、6人でいっぱいになる浴槽と、カランが三つの洗い場。「重ね透かし梁」の天井は木組みが美しいだけでなく、手頃な間伐材を使いながら耐震性を確保する工夫でもある。
2階の自宅の天井も強さと見た目を兼ね備えている。数枚の板を貼り合わせたCLT(直交集成板)をアーチ形に並べ、チョウチョ形の木片を埋め込んで連結した。家具に用いられる「千切り」と呼ばれる技法で、強度は実験で検証した。「大きな揺れが2回きても、1回目は耐震壁で、2回目は天井で受け止められる」と黒岩さん。
番台には黒岩さんと妻、両親が交代で座る。部活帰りの高校生や外国人観光客も訪れるのは意外だった。燃料代高騰が痛いとぼやきつつ、黒岩さんは風呂上がりの客のため、本業の出張先で買った地ビールを冷蔵庫に用意したりしている。
(鈴木麻純、写真も)
DATA 設計:西村浩/ワークヴィジョンズ、竹味佑人建築設計室、黒岩構造設計事ム所 《最寄り駅》 神水交差点 |
徒歩3分のキッチンハル(問い合わせは096・384・0141)は移動販売が主体のカレー店。馬スジ肉をとろとろに煮込んだ「ウマカレー」(700円)などを、本社前や県立熊本商業高校前にとめたキッチンカーでテイクアウトできる。原則午前11時~午後2時。不定休。