宍道湖のほとりの島根県立美術館(松江市)。3~9月の閉館時間は「日没から30分後」としている。なぜだろう?
湖畔の美術館だけに、モネやクールベの海景画など水を画題にした作品の収集に重きを置いている。波をとらえた作品で名高い葛飾北斎のコレクションでも知られる。宍道湖のほとりという立地をいかそう、という運営だ。
アート作品もむろんいいが、ひときわ目立つ「作品」は、日が高いうちは見られない。
この館の夕景は「日本の夕陽百選」に選ばれている。その時間帯に、ゆっくりと鑑賞できるよう、3月から9月は日没の30分後まで開館している。日の入りに向かうにつれ、人影が目立ってくる。
なぎさが調和の中に豊かな表情をつくる。設計にはそんなコンセプトが込められた。戦後を代表する建築家の一人、菊竹清訓(きくたけきよのり 1928~2011)によるものだ。菊竹の弟子で建築士の山岡哲哉さん(57)は、こう明かす。
「設計の初期の段階から『夕日をきれいに見せる』という意識が、菊竹にはありました」。菊竹は若い頃から島根県でいくつもの設計を手がけ、宍道湖が広がる地の風土に通じていた。
98年に完成した県立美術館は、エントランスロビーをガラス張りにした。対岸からのぞむ景観にも目配りをし、背景の山並みを遮らぬよう、高さは約15メートルに抑えられている。メインエントランスは湖をわたる冬の強風を避ける位置に開かれた。
「夕日を見せる、というだけでなく、あらゆる角度から土地柄を考えた設計。菊竹は並々ならぬ意気込みで仕上げましたし、現場の僕らもかたちにするのに必死でした」。若手の設計担当者だった山岡さんは、96年から松江の現場事務所に入って仕事に打ち込んだという。
記者が訪れた日、天候に恵まれた。日が沈んでゆくのにつれ、空の色が刻々と深くなる。オレンジ、あかね、紫……。館内からの一望に心が静まる。表に出れば、人影の揺れる情景がガラス面に映り、チタン製の大屋根も暮れなずむあたりに溶け込んでゆく。光に包まれた視界が、一幅の絵に見えた。(木元健二、写真も)
DATA 設計:菊竹清訓建築設計事務所 《最寄り》:松江 |
徒歩約30分の松江城(松江城山公園管理事務所、☎0852・21・4030)は1611年に完成し、天守が国宝に指定されている。全国の12城にしか残っていない現存天守に入場すれば、最上階から松江市内を眺められる。年中無休で680円。午前8時半~午後6時半(4月1日~9月30日)。