リアス海岸に美しい漁村が点在した宮城・雄勝町。かつての学校は漁師文化を伝える宿舎に――。
あの日の津波は町をのみ込み、8割を超える家屋が全壊した。あれから14年。高さ約10メートルの防潮堤が続く海沿いの県道から細い道に入ると、丘の上から子どもたちの声が聞こえてきた。
子ども向けの宿泊型体験施設「モリウミアス」。津波被害を逃れた旧桑浜小学校を改修し、公益社団法人が2015年に自然体験や環境教育の場を開いた。22年からは、都市部の子どもが親元を離れ、1年間の共同生活を送る長期プログラムがスタート。古い体育館を解体し、新たな宿舎「漁村留学棟」が建てられた。
「記憶を継承し未来を見据えていきたいと感じた」。設計した象設計集団の岩田英来さん(63)は話す。
窓や扉に旧校舎の建具を再利用した。屋根は特産の雄勝石のスレート葺きに。地場産の木材を使った建築は、地元大工らが極力釘を使わずに組み上げた。土間は、長靴を脱がずに作業できる漁師の家にならった。
「防潮堤で海と分断された景色が人々の新しい記憶に定着する一方で、失われていく土地の営みや風景、職人の技を未来へとつなぎたかった。震災で多くをなくしたが、記憶はそうじゃない」
モリウミアス代表の油井元太郎さん(49)は「岩田さんたちは集落を回り、昔の漁師の暮らしを調べていた。地域の文化が建物に反映された」と振り返る。
今年度の「留学生」は小5と小6の男児3人。日中は雄勝小学校にバスで通学し、朝夕は炊事や洗濯を自分たちで担う。薪ストーブで暖をとり、かまどでご飯を炊く。その一人は「家でこんなに火を使うのは初めて。何でもボタン一個でできたけど、ご飯はこう炊けると知れて面白い」。
スタッフの安田健司さん(36)は「土間を上がると皆が集う居間があるのも地域の家の造りと同じ」と語る。燃料から出た灰は畑にまき、生ごみは卵を産むニワトリの餌にする。「この建物の暮らしは、命や食の循環を違和感なく体験できる」
豊かな「森」と「海」、子どもと雄勝の「明日」への思いが込められたモリウミアス。この場所で多くを学んだ子どもたちは今月末、巣立ちを迎える。
(中村さやか、写真も)
DATA 設計:象設計集団 《最寄り》:女川駅から車 |
道の駅にある雄勝硯伝統産業会館(☎0225・57・3211)へは車で15分弱。雄勝町で産出される雄勝石は古くから硯の原料とされ、東京駅などの屋根材にも使われている。館内では硯のほか、現代的な石皿も販売。有料の展示室では、雄勝硯を始めとする全国の硯や歴史を紹介する。