兵庫県芦屋市の六甲山系のふもと。山の斜面をはうように海へ向かって立つ建物はなに?
阪急芦屋川駅から急な坂道を川沿いに上がっていくと、緑の中に白い瀟洒な洋館が見えてくる。
車寄せは、幾何学模様が彫刻された大谷石の装飾が美しい。薄暗い玄関から上るごとに明るくなる階段の先は、応接室。東西の窓にはもえる木々の新緑が映り、南のバルコニーからは空と大阪湾の青色の光が目に飛び込んでくる。
和室が続く3階は、ガラス張りの廊下や窓で明るい。そこに連続してはめ込まれた、葉をモチーフにした緑青の飾り銅板が陰影をつくる。夜には星も見える三角の小窓が天井に並ぶ食堂は、4階に。建物そのものが周囲の自然に溶け込んでいるようだ。
「ここは近代建築の巨匠、フランク・ロイド・ライト(1867~1959)が設計したヨドコウ迎賓館(旧山邑家住宅)。ライトを研究する建築家の井上祐一さん(73)は、こう話す。「住宅を多く手がけたライトは、自然と一体化して暮らせる有機的建築を理想としました。ここも、山の傾斜に沿う段状の構造です」
20世紀はじめ、東京の帝国ホテル建設のため来日していたライトは、弟子の遠藤新(1889~1951)を介して、灘の造り酒屋、山邑家から別邸の設計を依頼された。この地を気に入ったライトはスケッチを制作。着工を待たず帰国を余儀なくされた後は、遠藤らがスケッチをもとに1924年に完成させた。
「1階から2階へのアプローチや飾り銅板、非対称の部屋の配置には、ライトの哲学に共鳴し、日本らしさも大切にした遠藤ならではの工夫がうかがえます」
終戦後は進駐軍の社交場となり、47年からは淀川製鋼所が所有。社長宅や社員寮として使われた。一時、マンションへの建て替え案が持ち上がったが、保存が決まり、74年には国の重要文化財に。
ライトが設計し、当初の姿をそのまま残す国内の建築は、自由学園明日館(東京)とヨドコウ迎賓館のみ。一般公開されている今は、海外から訪れる人も少なくないという。
(山田愛、写真も)
DATA 基本設計:フランク・ロイド・ライト 《最寄り駅》:芦屋川 |
20分ほど南へ歩くと、洋菓子のアンリ・シャルパンティエ芦屋本店(☎0797・31・2753)がある。オレンジ果汁とバター、リキュールなどのソースで食べるクレープ・シュゼットやケーキ、軽食が楽しめる。午前10(喫茶は11時)~午後8時。1月1日休み、12月23、24、25日は喫茶休み。