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身体の可能性を広げる家 三鷹天命反転住宅 インメモリーオブヘレン・ケラー

荒川修作+マドリン・ギンズ東京事務所の本間桃世さん インタビュー

カラフルな積み木のような外観

 運命を変えるかもしれない住宅があると聞いて東京・三鷹市にある「三鷹天命反転住宅 イン メモリー オブ ヘレン・ケラー」を訪れました。丸や四角のカラフルな積み木のような外観。絵本から飛び出てきたような建物は今年で築20年を迎えました。この建物を管理し、オフィスとしても活用している荒川修作+マドリン・ギンズ東京事務所の本間桃世さん(58)に案内してもらいました。(佐藤直子)

――外から見た球体の部屋、室内も床や壁が丸いカーブを描いた球体のままで、びっくりしました。

 ここは私のお気に入りの部屋です。丸い室内は包み込まれているような安心感がありませんか。球体の中なので声が反響します。定期的に行っている見学会に訪れたお子さんは、丸いというだけで面白いのか、遊具のようにして走り回っていますよ。球体の部屋は海外のツリーハウスにもありますが、居住空間としての球体の部屋は珍しいのではないでしょうか。

 

丸いカーブを描いた球体の部屋

――筒の形の部屋や箱形の部屋もあり、内装も個性的です。

 部屋の間やトイレにも扉がありません。「どうやって使うんですか?」と心配される方がいますが、これはあえて意図的にそうしているんです。室内を区切るドアをすべてなくすことで、空間の広がりや身体の自由さを感じ、それぞれの使い方を見つけてほしいという狙いが込められています。

 

各部屋には壁が見当たらず、一つの部屋のよう

 キッチンがある中央の部屋は、床や天井が斜めに傾いています。床から天井までの高さは、見学した部屋では東側のバルコニー付近と西側のバルコニー近くでは数十センチほど違います。立つ場所によって頭上の天井までの距離が変わり、身長が高くなったように感じたり、低く縮まったような錯覚を抱いたりします。ほかにも、室内に登り棒のようなポールが置かれたり、はしご状のものが垂直に設置されていたり、一般的な住宅とはずいぶん異なっていますよね。

 

オフィスでキッチンに立つ本間さん

 

 この建築には、「自分の身体の動きによって、物や人の大きさや見え方が変わっていく。ものの大きさや測り方は一つではないことを日常生活で発見してほしい」という設計者の思いがあらわれているんです。

――どうしてこんな変わった建物になったのでしょうか?

 この三鷹天命反転住宅は2005年に完成した3階建て9戸の集合住宅です。デザインしたのは美術家の荒川修作(1936~2010)と、妻で詩人のマドリン・ギンズ(1941~2014)です。荒川は、1950年代から既成の美術観を覆す前衛的な作品制作にとりくみ、61年に渡米してニューヨークを拠点に活動を続けました。記号や文字を配置した平面作品を展開するにとどまらず、建築での表現にも乗り出します。ギンズは仕事上でもパートナーで、「死なないために」をキーワードとして「天命反転」というテーマに取り組み続けました。「天命反転」とは、あえてかみくだいて言うと、常識を捨てて固定概念を壊すと不可能が可能になるといった考え方です。その天命反転の試みが、この建築に表現されています。

――「死なないために」とか、「天命反転」とか、難しいワードが出てきました。もう少し詳しく教えてください。

 この家には身体の感覚を刺激する仕掛けがたくさん詰まっています。例えば、外観からみてもわかるように、窓は部屋によって高さも開け方も違うんです。窓を開けるには、取っ手を押したり引いたりと、違う身体の動きが求められます。普段よりも余計な動作を生じさせることで身体に刺激を与え、また思わぬ使い方を発見したりとその可能性を引き出すようなつくりにしているんです。

 

窓のサイズ、形も様々

 電気をつけるスイッチも、背伸びして押せるぐらいの上部にあったり、しゃがまないとつけられないような低い位置にあったりします。床には波打つような凸凹をつけたところがあります。和室には、木の床や畳に加えて砂利が敷かれたスペースがあります。草むらを移動する動物が草や土、枝、葉など色々なものに触れるように、日常でさまざまなテクスチャーに接することが大事だという荒川の考えが反映されています。

 

球体の部屋から撮影 スイッチとコンセントの位置に注目

――天命反転住宅のサブタイトルにイン メモリー オブ ヘレン・ケラーとありますが、どういう意味なのでしょうか?

 視覚や聴覚に重い障害があったヘレン・ケラーですが、周囲の支えもあって視覚や聴覚以外の他の感覚を呼び覚まし、自分の人生を切り開いた女性ですよね。ヘレン・ケラーが特別なのではなく、実は私たちにはまだ気づかない素晴らしい能力を誰もが身体に秘めています。この建物は、もともと自分が持っている力を使って色々なことを克服したり、まだ気づいていない才能を引き出したりしてほしいという願いから、ヘレン・ケラーを建築する上でのモデルとしています。

 個人的な話になりますが、足腰が不自由な母がこの家に来たことがあります。杖がないと歩けなかったのですが、「ここは杖がない方が歩きやすい。床の凸凹を摑むように足を踏ん張れるから」と言うのを聞いてびっくりしました。自宅の水平なフローリングの床のほうが滑りやすかったようです。目が不自由な方の体験でも、床の凸凹の形状や斜面を記憶して、「今いる場所がこの辺だな」という目星がつくようなんです。足裏や空気の振動から空間を把握し、動きやすいというお話でした。

 

はしごのようなものに登って撮影、床の凸凹がはっきりとわかる

――天命反転のコンセプトを建築に落としこむのは大変だったのではないですか。

 施工は本当に大変だったと思います。球体、円筒、立方体はそれぞれ型枠を使って水平線で上下に分けた二つのパーツをまず造り、現場で合体させました。おでんのくし刺しのように上下に積み重なっています。この施工方法で安全基準を守るため、構造計算は当時日本に数台しかなかったスーパーコンピューターを使い、原子炉製造の技術も応用したと聞いています。

 職人さんたちは最初戸惑って「なんでこんな形にするのか」「本当にいいんですか」と言っていました。荒川との間で議論になったのは、床の凹凸です。当初、荒川は大きなうねりをイメージしていましたが、設計した安井建築設計事務所や施工した竹中工務店と何度も話し合い、小さな凸凹の方が荒川がイメージした床に近いのではと試行錯誤を重ね、いまの形におさまりました。

――暮らしのなかでいろいろな刺激が心身ともに与えられそうですが、収納スペースが見当たらないなど住みやすさの面ではいかがでしょうか。

 住まいを選ぶときに気になるポイントの一つとして収納があると思います。確かに引き出しは畳の部屋の入り口にしかありません。ただ、天井には荷物をつるすフックがあります。好きなところにかばんやジャケットをつるすことができますし、室内に立っているハシゴ状のものも収納に使えます。

 これまで20年間、いくつもの世帯がこの住宅に暮らしていますが、使い方で空間が変わり、物との付き合い方が変わるという人もいます。このフックを使ってハンモックをつるすと、あっという間にソファのようなリラックススペースができあがります。腰を浅めにかけて読書をするのが私のおすすめです。

ハンモックを体験する記者

 

――室内も色が鮮やかですが、意外と落ち着く感じがします。

 外観、内観合わせて全部で14色使っています。あえて視界に色がたくさん入るようにしています。荒川とギンズによれば、一度にあまりにも多くの色の情報があると人の視覚は混乱するのを避けて、それぞれの色を中和させることで色を「色」として数えず、「環境」として捉えるそうです。自然界は色に満ちあふれていますが、ハイキングなどにでかけたとき、色の数を数えることはありませんよね。私たちが頭で考えなくても身体は自然にバランスを取ろうとしてくれる、そういう要素を住宅の中に取り入れています。

 写真で見ると「こんな派手な家に住むのは無理」という方も多いのですが、室内に入って数十分経つと不思議なことに慣れてしまうようです。身体が順応している証拠ではないでしょうか。14色の色の塗り分けは9戸すべて違うので、ペンキ職人さんたちは「俺たちが間違えたらこの家は成り立たない」と張り切っていました。

絵本から飛び出したようなカラフルな外観

 

 「天命反転」を掲げた荒川とギンズは、その思想を絵画や彫刻、あるいは詩で表現することにとどまらず、建築であらわそうとエネルギーを注ぎました。この天命反転住宅をみて、使い続けていると、建築は身体のドクターになれるのではないか、とも感じています。この建物には荒川とギンズの唱えた「天命反転」の世界が生き続いていると思っています。

 

▼建モノがたり本編「三鷹天命反転住宅」(7月1日16時配信)


https://www.asahi-mullion.com/column/article/tatemono/6548

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