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三鷹天命反転住宅(東京都三鷹市)

五感を刺激 床も壁も仕掛けだらけ

 並木の緑が鮮やかな東京都三鷹市の幹線道路。交差点の近くで突然、華やかな赤や青、黄色に彩られた建物が目に飛び込んでくる。階ごとに立方体、円筒、球体と形状もばらばらだ。


 室内も不思議な空間が連なっていた。キッチンはすり鉢状にへこんだ場所に置かれ、内壁は曲線を描く。扉がないトイレ、ポール、はしご……。


 「眠っている身体の能力を引き出す仕掛けが詰まっています。天命反転という考え方が表現されています」。築20年の建物を管理する荒川+ギンズ東京事務所の本間桃世さん(58)は話す。


 「三鷹天命反転住宅」は、美術家の荒川修作(1936~2010)と、妻で詩人のマドリン・ギンズ(1941~2014)がデザインした3階建て9戸の集合住宅だ。
 荒川は「死なないために」をキーワードとして、長くニューヨークを拠点に活動した。運命を覆すには常識を捨て、固定概念をこわす必要がある……。そんな「命題」が込められた建物だという。


 天井や床が傾き、立つ場所によって頭上の天井までの距離が変わり、身長が高くなったり低くなったりする錯覚に陥る。「ものの計り方は一つではない。まさに天命反転です」と本間さん。


 「建築として着地させるため、どういう構造設計で解いていくか、共同作業でした」。設計を担当した安井建築設計事務所の佐野吉彦さん(70)は振り返る。
 球体や円筒が「串にさしたおでん」のように積み重なる不安定な形を、大きな柱に見立てた。コンクリートは施工会社の原子炉建設の技術を生かしたという。床の凸凹のうねり具合も、現場を頻繁に訪れた荒川とギンズが話し合って職人がつくりあげた。


 「いろいろな動物のふりをして動き回りましょう」「1日1回は真っ暗にして歩いてみましょう」。荒川とギンズが32項目にのぼる「使用法」を残した住宅には、何世帯もの家族が暮らし続けている。
 凸凹の床は足裏が刺激され、球体の部屋は声が反響して聴覚が敏感になる。寝転ぶと包まれたような感覚にもなる。「死なないために」。それは五感を取り戻し、生きる感覚を回復させる空間に感じられた。

 

(佐藤直子、写真も)

 DATA

  設計:荒川修作+マドリン・ギンズ、安井建築設計事務所

      階数:地上3階

  用途:共同住宅

  完成:2005年

 《最寄り駅》:武蔵境駅からバス

 

▼ロングインタビューはコチラ

 https://www.asahi-mullion.com/column/article/tatemono/6534


建モノがたり

 徒歩約10分の「三鷹市星と森と絵本の家」(☎0422・39・3401)は、大正時代の古民家を活用した施設。国立天文台の構内にあり、星や森、地球などに関する絵本約3500冊を自由に読むことができる。絵本の読み聞かせ、木工のワークショップなどを随時開催。午前10時~午後5時。火曜と6日まで休み。
2025年7月1日、朝日新聞夕刊記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください