「オレンジゾーン」(津波災害特別警戒区域)に指定された西伊豆・土肥(とい)。海との共存を目指して、出した答えは。
波打ち際を歩くカップル、テラスで談笑する夫婦……。観光客や地元の人が、浜辺で思い思いに過ごしている。
伊豆半島の西側に位置し、温泉客や夏の海水浴客でにぎわう静岡県伊豆市土肥。その浜辺に、シルバーを基調としたモダンな建物が、松林に抱かれるようにたたずむ。観光と防災の機能を備えた全国初の複合施設「テラッセ オレンジ トイ」だ。
地上4階建て、高さ18・8メートル。駿河湾を一望するテラスや足湯があり、地場産品の直売所や海の幸を楽しむレストランが入る。いざ津波となれば、避難タワーになる。
一帯は、南海トラフ地震が起きると、最短6分で最大10メートルの大津波が来ると想定されている。緊急時に3階以上に1200人を収容でき、一晩過ごせる備蓄もある。
2011年3月の東日本大震災後、全国で防潮堤の必要性が指摘された。しかし、防潮堤で浜辺を塞いでしまうと土肥の主産業である観光が成り立たない。市危機管理課長の山田和彦さんは「行政が一方的に決めるのではなく、市民の声を聞き、意見を採り入れた」と振り返る。たどり着いた答えが、観光と防災の機能を備えた複合施設だった。
設計を担当した東京大学生産技術研究所の今井公太郎教授は、観光と防災の両立という「矛盾」をはらんだ依頼に頭を悩ませた。観光施設にふさわしいモダンさを損なわず、津波から命を守り抜く屈強な砦(とりで)を建てる。その「矛盾」をどう形にするか。
突破口は「矛盾をいかし、パーツに観光と避難の二つの意味と役割を持たせること」。例えば、観光に求められる美しさと津波に耐える強さを両立させるため、スリムな鋼管柱で表面積を抑えるアイデアを採用。鋼管の内側を肉厚にして、軽やかさと強度を備えた柱を実現した。
階段を外周に巡らせたのは、ふだんはゆったりと回遊しながら景色を楽しめ、緊急時には一目で避難経路が分かるようにするためだ。大勢が駆け上れるよう幅員も広くした。
夕日が海に沈む頃、手すりの内側の照明が灯(とも)る。浜辺を柔らかに照らすオレンジ色の灯は、夜間に避難する道標でもある。
(三品智子、写真も)
DATA 設計:東京大学生産技術研究所今井公太郎研究室、日本工営都市空間 《最寄り》:修善寺駅からバス |
徒歩約5分の土肥金山(☎0558・98・0800)は、江戸~昭和初期に佐渡金山に次ぐ生産量を誇ったことも。1965年に閉山し、現在は坑内めぐりや砂金採り体験などが楽しめる。伊豆市指定史跡。午前9時~午後5時。「坑内めぐり+砂金採り体験」の受け付けは3時50分まで。