東日本大震災で甚大な被害を受けた街。「ここに何が立つべきか」と建築家たちが考え抜いた建物がある。
高台にできた新しい市街地の一角で、櫓(やぐら)のような建物が存在感を放つ。
かつて東日本大震災の被災者が憩いの場にした集会所「みんなの家」。土地のかさ上げ工事のため2016年に解体されたが、場所を移して4年前に総菜店「wawawa」に併設する形で再建された。
建物を支える19本の太い丸太は、津波の塩害で立ち枯れた「気仙杉」。外階段がらせん状に囲み、1階は飲食スペース、2階に和室やバルコニー、最上部には物見台がある。屋内には巨大な丸太が露出し、陸前高田市内に残る「奇跡の一本松」を思わせる。
設計を手がけたのは乾久美子さん(56)、平田晃久さん(54)、藤本壮介さん(54)。建築家の伊東豊雄さん(84)が主導し、気鋭の3人に声をかけた。
小さな建物を、個性が際立つ建築家同士で共同設計するのは異例のこと。乾さんは「初めに持ち寄った案は三者三様だった」と当時の戸惑いを振り返る。互いの案を交換しながら発展させる手法なども試したがなかなか納得できず、製作した模型の数は120にも上った。
そんな中、現地の被災女性との交流がヒントになった。女性から提案された当時の建設候補地は、遠くに海を望む津波の浸水域の境目。平田さんは「もう一度街をつくろうという意志を感じるシンボリックな場所だった」と話す。個性の発揮ではなく、ここに何が立つべきかを問うことが本当の建築だと気づいた瞬間だった。
「土地の記憶を失った人たちに、全く新しいものを提案することはありえない」(乾さん)と、地元の気仙杉の丸太を採用。建物の形は地域に伝わる「七夕まつり」の山車に似ていった。この設計過程は12年のベネチア・ビエンナーレ国際建築展で展示され、最高賞の金獅子賞を受けた。
昨年2月、隣の大船渡市で大規模な山林火災が起きた。「wawawa」代表の橋詰真司さん(50)は携帯電話の充電場所にこの建物を開放した。
再建時に物見台の床板を不燃物の金属板にする必要があったが、資金面でかなわずまだ使われていない。橋詰さんは「必ず復活させる」と意気込む。いつか物見台から街の復興を見渡すために。
(中村さやか、写真も)
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DATA 設計:伊東豊雄、乾久美子、平田晃久、藤本壮介 《最寄り駅》:陸前高田 |
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江戸時代の役所で県指定有形文化財の「旧吉田家住宅主屋」(☎0192・22・8872)へは徒歩約20分。津波で全壊したが、流出した主屋の部材約6割を地域住民らが回収。史料をもとに復旧され、昨年から公開されている。午前9時~午後4時。月(祝休の場合は翌平日)休み。大人300円(3月末まで無料)。