大正から昭和にかけて、数寄者が粋を凝らして造った建物が京の町中に残る。心落ち着く時間が流れていた。
木々の間から日が差しこむ石段をちょっとした探検家気分で上っていくと、木造2階建ての建物が見えてくる。
京都大学のすぐ東、吉田山の山頂付近(標高約100メートル)に立つ「茂庵」。数寄屋大工が手がけた約100年前と変わらない姿だ。
2階でカフェを営業し、1階は厨房(ちゅう・ぼう)とカフェ利用者の待合。もともと座敷だった2階にテーブルといすを置いた。木のぬくもりに満ちた心地いい空間だ。
建てたのは、運輸業で財を築き、数寄者として知られた実業家・谷川茂次郎(1864~1940)。取引先に勧められて茶の道に進んだ谷川が、出身地に近い吉田山に茶室や待合、点心席(食堂)など8棟からなる、茶人たちが交流する「茶苑(ちゃ・えん)」を築いた。
点心席がカフェ「茂庵」に。モダン建築を志してつくられた内装は、屋根裏をあえて見せていたり、北山杉の磨き丸太を使用していたりと随所にこだわりがうかがえる。
2階は四方がほぼ全面ガラス窓になっている。「五山送り火」が見られるように設計されており、今でも「妙法」を除くすべての「送り火」を観賞することができるという。
「小学校低学年の頃、父に連れられてよくここに来ていました」。茂次郎のひ孫で現オーナーの健太郎さん(35)は懐かしそうに話す。健太郎さんが小学生の頃には茶室は使われなくなっており、点心席をイベントスペースとして利用する程度だったという。
健太郎さんの父が思いを受け継ごうと、2001年に点心席をカフェとしてオープン。その名は茂次郎の雅号から取った。
カフェではコーヒーや紅茶、ケーキのほか、抹茶も提供している。寄席や楽茶碗(ちゃ・わん)作りのワークショップなどを定期的に開催し、いまも残る茶室2棟ではお茶会も開かれている。健太郎さんは「建物だけでなく、文化も残しながら受け継いでいきます」と話す。
時折鳥の声も聞こえ、市内であることを忘れてしまいそうな森の中。先人の思いを受け継ぐ、まさに「市中の山居」だった。
(中山幸穂、写真も)
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DATA 監修:谷川茂次郎 《最寄り駅》:出町柳駅からバス |
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徒歩約5分の吉田神社(☎075・771・3788)は、859年に平安京の守り神として創建された。境内には重要文化財の斎場所大元宮ほか、料理の神様やお菓子の神様など様々な信仰の社がある。祈禱(き・とう)は[前]9時~[後]4時半(社務所は5時まで)。