カツオと筍のアヒージョ、柚子香るブリトロ大根、焼きイモのしっとりタルトケーキ……洋食店のメニューのようにみえますが、すべて缶詰です。味へのこだわりだけでなく、食物アレルギーの原因となる卵や小麦などの7大アレルゲンは一切入っていません。手の込んだ缶詰には、「いつでもどこでも安心して味わえるように」という作り手の思いが込められていました。
高知県の西南部に位置し、35キロに及ぶ美しい海岸線を誇る黒潮町。砂浜から1キロほど内陸に入ると、平屋建ての小さな工場があります。黒潮町缶詰製作所。黒潮町の第三セクターとして2014年に設立されました。白衣とマスク、手袋に全身を包んだスタッフが、手のひらに乗るほどの大きさの缶に一つ一つ食材を詰めていきます。
「四万十ポークのネギ塩タレ」「土佐はちきん地鶏バルサミコ仕立て」「土佐あかうしのスジ煮込み鍋」「黒糖の濃厚和ショコラ」。地域の食材をいかした缶詰は30種類ほどにのぼります。スタッフは20人弱の小さな会社ですが、売り上げはここ3年間、毎年1億円を超えるまで成長してきました。
「トライアンドエラーで、エラーの繰り返しでした」。製作所の立ち上げ当初から缶詰の開発に携わってきた友永公生・取締役は振り返ります。失敗を重ねながらも商品開発にエネルギーを注ぎ続けてきた背景には、太平洋に面した人口1万人ほどの黒潮町が置かれている状況がありました。
2012年3月。内閣府が公表した南海トラフ地震の津波被害想定で、黒潮町は国内最大級の高さ34メートルの津浪が到達する可能性が示されました。町内に衝撃が走るなか、大西勝也町長(当時)は「犠牲者ゼロ」を掲げ、高台への避難路や津浪避難タワーの建設に着手します。世帯ごとに避難行動を記す「避難カルテ」をつくり、集落単位で避難訓練を重ねました。
防災先進地として全国から注目されますが、その半面、低地に新築の家が建たなくなったり、若者が隣町に土地を買ったりして、人口流出の問題が目立ち始めます。「防災を強化するなかで、産業が取り残されていました」(友永さん)。小さな町で企業誘致は簡単ではありません。町で雇用を生むにはどうしたらいいのでしょうか。民業を圧迫しない分野で、災害対策にもつながる事業はあるのでしょうか。議論の末、備蓄品としての缶詰を製造するという構想にたどりつきました。
2013年、フードプロデューサーら専門家のチームを立ち上げました。「ありきたりの缶詰では他社に勝てない」「社会問題に向き合うコンセプトが必要」。厳しい声が次々とあがります。模索を続けるなか、ある報道が目にとまります。東日本大震災で備蓄していた非常食や避難所に届いた支援物資がアレルギー対応でなく、食事に困る人や誤って食べて症状を訴えた人が相次いでいる……。「災害時でも、おいしく、安心して食べられる缶詰こそが求められているのではないか」
友永さん自身の体験もありました。2011年3月、東日本大震災。黒潮町の防災担当職員として、高知のカツオ一本釣り漁師の親類が何人も暮らす宮城県気仙沼市に安否確認と支援物資を届ける役目を担いました。発災から1週間後、がれきの山が広がるなか、避難所や役場を回ります。食事がカップ麺でなく、炊き出しになると、いくぶん表情をやわらげる人たちの姿がありました。
東日本大震災からちょうど3年後の2014年3月11日、町の出資で黒潮町缶詰製作所が設立されました。地元の名産品をいかした商品の開発に取り組みます。原材料に、エビやカニ、小麦、卵といった7大アレルゲンが混入していないかチェックし、工場にアレルゲンを持ち込まないよう事務所にパンやミルク入りコーヒーの持ち込みも禁止する徹底ぶりです。
商品開発は簡単ではありませんでした。高温殺菌で圧力の設定を間違えると缶がつぶれ、加熱する温度や時間を少しでも間違えると素材の味が失われてしまいます。できあがった缶詰は1缶500円前後と安くはありませんが、アレルギー対応をとった缶詰への評判は高く、県外の都市部への販路が少しずつ広がっています。
異色のスイーツ缶も誕生しました。気仙沼へのヒアリングで「甘いものが食べられるのがうれしかった」という声がありました。「洋菓子のスイーツを提供したかった」という友永さん。「バターの代わりは油と塩で」「生地は小麦を使わずに米粉と豆乳で」。フードプロデューサーと研究を重ねて完成したのが、「焼きイモのしっとりタルトケーキ」です。生地やスイートポテト、ジュレなど4層からなり、こんにゃくを配合して層が混じり合わないように、きめ細かくおいしさを詰め込んでいます。
災害大国とも呼ばれる日本列島。黒潮町缶詰製作所では、災害が起きると被災者とSNSで連絡を取り合い、缶詰を支援物資として送る取り組みもしています。2016年の熊本地震では「食物アレルギーの子を持つ親の会」の要請で21ケースを送り、2019年の台風19号では福島県いわき市に提供しました。「アレルギーでも食べられるかんづめを作ってくれてありがとうごさいます。かんづめがとどいてから食事が楽しくなりました」。たまごアレルギーがある子どもから手書きの手紙が届きました。
「非常食」を「日(ひ)常食」に。いま、そんなキャッチフレーズを掲げています。「もしものときこそ、いつもの食事を。食事がストレスとならないために」という考えからです。ここ数年は、災害に備えて自治体の備蓄が増えるとともに、新型コロナウイルス感染拡大による巣ごもり需要で缶詰が見直されてきました。家庭での備蓄では、 賞味期限が近いものを消費して減った分を補充するローリングストックが意識されるようになりました。缶詰がより身近な存在になりつつあるなかで、黒潮町から届けられる缶詰は、安心でおいしいという彩りが添えられています。(野村雅俊、写真は黒潮町缶詰製作所提供)