漁船に乗って漂流し、米国の捕鯨船に救われて米国で航海術や測量術を学び、帰国後に幕府の通訳などを務めたジョン万次郎(中浜万次郎、1827~98)。その万次郎のふるさと、いまの高知県土佐清水市で、万次郎を敬愛する市民たちが、万次郎も漁をしていたかもしれない海産物をいかした名産品づくりに力を入れています。
お醬油を入れて、冷蔵庫で寝かせるだけ。2週間でおいしいだし醬油になります――。そんな「ご使用方法」を添えたガラス瓶が、東京・銀座の高知県アンテナショップ「まるごと高知」のレジ近くに並んでいます。牛乳瓶ほどの大きさの瓶に入っているのは、2、3本の「宗田節(そうだぶし)」です。
宗田節は、ソウダガツオ(メジカ)から作られたかつお節の一種。ソウダガツオは血合いが多いため鮮度が落ちやすく、生魚での出荷には向いていませんが、節に加工することで味や香りに深みがある強いだしが出るという特長があります。煮物やおでんに最適で、そばつゆにも重宝されています。
瓶のふたを開けると、いぶされた節の香ばしさが漂います。「しょうゆを継ぎ足すと1年間はだしが出ます。使っている宗田節は料亭にお届けできる品質のもの。ポン酢やウスターソースを注いでも味に深みが出ます」。この商品「だしが良くでる宗田節」を製造販売している田中慎太郎さん(47)が宗田節と向き合うようになったのは、15年ほど前のことでした。
◆地元で思わぬ発見
田中さんは土佐清水市の出身です。土佐清水市は高知県の最南端に位置し、足摺岬などの観光地がありますが、高知市から車で3時間ほど。「都会に出てみたい」。高校を卒業後、東京で専門学校に通います。木工会社に就職し、家具職人となりました。ところが、勤め先の会社が倒産。22歳で故郷に戻ります。
家業のプロパンガス販売業を担いながら、母親の裕美さんが率いるボランティアグループ「ウェルカムジョン万の会」に参加するようになります。ジョン万次郎にちなみ、学生のホームステイや地域おこしに取り組む市民がメンバーです。地元を見つめ直すと、気になることが出てきます。土産店に並ぶのは県外の商品ばかり。「地元ならではの土産物を作りたい」。2010年、高知ゆかりの坂本龍馬を描いたNHK大河ドラマ「龍馬伝」の放映を機に、名産品探しを本格化させます。
ちょうどこのころ、一つの「発見」がありました。宗田節工場が立ち並ぶ土佐清水。裕美さんが、知り合いの工場職人の家を訪れると、醬油のペットボトルに折れて出荷できない宗田節を浸した「だし醬油」を総菜に使っていました。味わってみると、独特のうまみが。さっそく瓶に宗田節を入れた商品を試作。地元の売店に置くと、月に50本、100本と売れていきました。「あんた、やらんか」。裕美さんに推されて、田中さんは新たな事業として立ち上げ、商品開発にも取り組み始めます。
◆身近な目利き
とはいえ、ガス販売から食品販売への「転業」は、苦労に絶えません。成分表示のしかた、賞味期限の決め方、衛生管理と、初めてのことばかり。販路の開拓も簡単ではありません。県内外でスーパーの店頭に立って試飲販売などを重ね、口こみを頼りに地道にPRしていきます。消費者に直接販売できるようホームページも立ち上げました。
商品開発で強い味方となったのも、身近な存在でした。「結婚してから宗田節の話はほとんどしたことがなかったんですが……」(田中さん)という妻の綾さんの実家は、くしくも宗田節工場。「脂が少なく上品なだしが取れる8~9月の笹メジカか、1~3月の成熟した寒メジカが最適」。綾さんの父親からの助言で、宗田節の生産全国一の土佐清水ならではの目利きによるこだわりも盛り込んでいます。
宗田節は、ソウダガツオの鮮度、内臓や骨の取り除き方、いぶし方、天日干しの工程や期間などで品質が大きく変わります。土佐清水を代表する名産品にしたいという思いを込めて、上質な宗田節を選び抜いて販売価格も設定しました。「多くの方々の思いやこだわりがものづくりの心にあります。それぞれの出会いに感謝し、大事にしていきたいと思います」。
◆ジョン万次郎をしのんで
新しい名産品づくりは、販売の本格化に伴って、2014年に法人を立ち上げました。ジョン万次郎の出身地を意識し、地域の産業振興や観光への貢献を願い、会社名は「ウェルカムジョン万カンパニー」と名付けました。
土佐清水市は、万次郎が米国で滞在したマサチューセッツ州フェアヘブンと姉妹都市を結んでいます。田中さんは昨年秋、現地で開かれた「米国ジョン万まつり」に合わせ、フェアヘブンを訪れました。ホームステイで訪れた高校時代以来で、宗田節のつゆをいかしたうどんを振る舞うと好評だったといいます。
宗田節をきめ細かい粉末にして練り込んだ「宗田節おかき」や、香りたかくコクのある出汁が簡単にとれる「宗田節パウダー」なども商品化してきた田中さん。地域の高齢化が進み、地球温暖化にともなってソウダガツオの水揚げが減少する年があるなど不安も抱えるなかで、宗田節を海外にも広めていく将来を描き始めています。「14歳で漂流しながらも、生涯を通じて挑戦を続けたジョン万次郎。自分もチャレンジを続けていきたいと思っています」
(野村雅俊、写真は田中慎太郎さん提供)
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