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足元の感性を呼び覚ます靴下

アイ・コーポレーションの挑戦

 「お嬢の道楽」。ブランディングへの挑戦を、そう揶揄されていた時期がありました。明治時代に創業した老舗靴下メーカーで職人との葛藤もあり、安い海外製品との価格競争に巻き込まれて工場閉鎖の憂き目にも遭いました。それでも、ものづくりへの思いは絶えることはありません。イメージをがらりと変える高品質の靴下を次々と誕生させています。

 

 ◆コンセプトは「皮脳同根」

 「皮脳同根」(ひのうどうこん)。靴下メーカーのアイ・コーポレーション(東京都文京区)社長の西村京実さん(53)が大切にしている言葉です。「皮膚と脳は同じルーツを持ち、密接につながっているという意味です。肌で感じることが脳に作用すると言われており、靴下づくりのコンセプトにしています」

 

 

 その言葉どおり、つくっている靴下は素材にこだわり肌触りがなめらかなもの、足指に負担をかけないものなど、個性にあふれています。独自ブランド「idé homme」(イデ・オム)の「LDN071」はカシミヤ100%。強く撚りをかけた梳毛糸(そもうし)で編み、軽やかで柔らかく包み込まれる履き心地です。

 

 

 「LDN011」は、綿100%なのに肌触りがシルクのような感触です。糸は、太さが髪の毛ぐらいのか細いエジプト超長綿「GIZA45」で編まれており、生地にすると向こうが透けて見えるほどのきめ細かさです。「糸が細いので染料が奥まで入って発色が美しく、洗濯しても色落ちしません」

 

 

 「LDN071」は1足9460円、「LDN011」は3520円と安い価格ではありませんが、希少な糸や繊細な技術でつくられたブランド品「idé homme」(イデ・オム)は、新たなユーザーをひきつけています。足元の感性を呼び覚ますような靴下が誕生したのは2015年ですが、それまでに様々な曲折がありました。

 

◆下請けからの脱却めざすも

 前身の西村商店は1902年(明治35年)創業です。西村さんの曽祖父が東京・早稲田に靴下製造業を立ち上げ、高度成長期に岩手の工場でストッキング製造にも乗り出します。祖父、父が会社を成長させていましたが、父が42歳で急逝。専業主婦だった母が経営を受け継ぎます。

 

 写真:アイ・コーポレーション提供

 

 苦労する母の姿を中学生だった当時からみてきた西村さん。大学卒業後にカナダやフランスでの留学をへて、ビジネスコンサルティング会社やIT企業で社会人としての基礎を学び、28歳のときに「家業」に入ります。

 そこで目の当たりにしたのが、アナログな世界でした。正式発注書が出る前に口約束で生産スタートすることも少なくありません。靴下製造は大手の下請けが中心です。取引先からはコストダウンを求められ、中国で生産される安価な靴下とのコスト競争に巻き込まれていきます。

 「下請けから脱却しないと将来は見えない」。デザイナーを採用し、企画部門を立ち上げます。しかし、現実には受注製造が売り上げの大半を占め、新商品の開発で工場を支えることはできませんでした。会社は、時代の波にのまれていきます。母が2003年、岩手工場の閉鎖と事業縮小を決定。靴下製造から撤退し、不動産事業に転換する方向に向かっていきます。

 

◆老舗のめぐりあい

 工場の閉鎖後、西村さんは細々と自社ストッキングブランドの販売をを続けていましたが、ある出会いに心が動かされます。「ストッキングをはくときに補助する道具ってないのかしら?」。股関節を痛めた旧知の女性から問いかけられました。相談に訪れた友人からは「社会貢献は老舗がやらないと」と促されます。京都工芸繊維大学と産学連携で補助器具の共同開発に取り組むなかで、再び靴下をつくりたいという思いが沸々とよみがえってきました。

 母に猛反対されながらも2009年、靴下事業を復活させるべく、アイ・コーポレーションの社長に就任。「大手にできないことをしないと将来はない」。自社ブランドを探るなかで、ひらめきのきっかけとなったのは、友人とのイタリア旅行でした。街で目にとまったのはカシミヤ100%の靴下。膨らみのある紡毛糸で編む日本の靴下とは違い、シャープでスタイリッシュなシルエットです。

 商品のコンセプトを描くなかで、あえて自分を「ペルソナ」にして、素敵だと思う人に贈るにはどのような靴下がいいか、考え続けていた西村さん。イタリアで一目惚れした靴下のサマーカシミヤの糸が中国で生産されていることが分かると即座に買いつけ、カシミヤ靴下の製造に乗り出します。

 

 アイ・コーポレーション提供

 ところが、自社工場は、もうありません。靴下製造がさかんな奈良県で委託できる工場を探しますが、断られ続けるばかりです。糸の価格は1キロ5千円で高いといわれるなかで、中国で仕入れた糸は1キロ3万円。「とてもそんなリスクをとれない」と拒まれるなか、1社だけ、歴史のある工場が受託をしてくれました。「お嬢、なに始めるの?」。祖父や父と交流があった職人社長でした。

 老舗ゆえのめぐりあいが、今度は別の糸にもつながります。紹介されたのが、エジプト超長綿「GIZA45」。ただ、すでに生産が中止され、国内では手に入れることができません。「あまりにもきれいな糸で、どうしてもあきらめきれませんでした」。つてをたどって中国で探し出し、残りわずかな希少な糸を1トン、悩んだ末に大量買いしました。

 2015年に誕生したブランド「idé homme」は、フランス語のideal homme(理想の男性)を略して名づけました。感性の高い人に向けて、自分が贈り物として届けたい靴下というメッセージを込めています。

 販売ルートづくりも知名度ゼロからのスタートです。サンプルと名刺を持って飛び込み営業を重ねます。「なに、この値段」と驚かれることが少なくありませんでしたが、コンセプトは明確です。贈り物として、越前和紙で包み、桐箱に入れた商品も用意しました。時間はかかりましたが、東京・銀座の雑貨店やデパートに置かれるようになります。

 

◆新しい工場から新商品

 「現状維持イコール衰退だと受け止めています」。岩手工場の閉鎖後に事業が尻すぼみになっていった苦い経験をへて、西村さんは新たな仕掛けを打ち続けます。

 

 

 2022年、靴下製造を委託する福島県いわき市の工場が閉鎖されるという残念なニュースが飛び込んできます。岩手工場の閉鎖からちょうど20年。決断したのは、機械を受け継ぎ、職人を選抜しての自社工場化です。

 「言われたことをやるのではなく、自分から商品開発の提案をしてほしい」「持ち場だけでなく全工程の責任を持ってほしい」。そう伝えて雇用した職人8人のうち半数は女性で、工場長には幼稚園の先生の経験がある女性を任命します。

 その新しいタイプの工場「いわき靴下ラボ アンド ファクトリー」で、新商品が開発されました。徳島県の藍染工房との共同プロジェクトで、5色の藍色に染められた5足1セットの「GIZA45 藍染靴下」(5万5千円)が5月から100セット限定販売されます。工場と工房の技術が掛け合わされ、靴下ではムラ染めが主流の藍染めのなかで、深くムラのない色合いが特徴です。

 

 

 いわきでは月に一度の研修会を開催し、工場の空気も変わってきました。自分たちの要望は口にしてはいけないと思っていた社員たちから、自発的に意見が挙がってくるようになりました。今では、「他の工程の仕事もしてみたい」「次の工程が仕事しやすいように製品の流し方を変えてみたい」など大きな変化が見られます。

 当初は反対していた母も応援してくれるようになりました。最近は業界全体の現状や課題に以前よりも目がとまるようになっています。「国内市場の天井が見えているなか、海外に通用する靴下をつくらないといけないと考えています」。西村さんがめざす「次世代の靴下」づくりへの挑戦は、まだまだ続きます。

(野村雅俊)

  

クイズに正解された方のなかから、「LDN011」などの商品をプレゼントします。

 

▼idé homme LDN021(高級シルクソックス) プレゼント応募はこちらから
https://www.asahi-mullion.com/presents/detail/14774

 

▼idé homme LDN011(GIZA45を使ったソックス) プレゼント応募はこちらから
https://www.asahi-mullion.com/presents/detail/14776

 

▼idé homme LDN071L(ピュアカシミア100%ソックス) プレゼント応募はこちらから
https://www.asahi-mullion.com/presents/detail/14777

 

プレゼント応募締切:2024年6月10日16時