焼酎を仕込んでいるのは、昔の中学校の体育館です。コンテストで日本一に輝いた米を原料に、地元の農林業を守ろうと有志でつくり始めました。四国の中山間地ならではの味や香りが詰まっています。
高知市中心部から北に向かって車で約1時間、吉野川の上流、早明浦ダム近くに「baum(ばうむ)高知本山蒸留所」があります。つくっているのは米焼酎「天空の郷」。白米を仕込んだ「白瓶」は、やわらかい口当たりで、あぶり魚との相性が抜群です。玄米から製造した「黒瓶」は、どっしりと重みのある味わいで、肉料理やブルーチーズにあうのが特徴です。
「玄米仕込みはじっくりと2年寝かせています」。杜氏の田岡信男さん(73)は米焼酎づくりに向き合ってきました。地元の本山町には、寒暖差の大きい中山間地の棚田で栽培される特別栽培米「土佐天空の郷」があります。全国的な品評会「お米日本一コンテストinしずおか」で2010年と2016年に特別最高金賞をとったブランド米です。
近くにはミネラルが豊富な清流の水もあります。ただ、つくり始めた当初は、玄米からつくる焼酎は糠臭さが残り、売れ残りの瓶が並んでしまいました。それから数年後。ふと、3カ月寝かせた瓶を開けて飲んでみると、不思議と臭さは消えています。その1年後。今度は深い香りに変わっていました。
最も味が良くなる時期を探り、寝かせて2年ほど。手作業にこだわり、蒸留する原酒は1日で30リットル、製造する本数は月1千本のペースを保っています。少量ながらも安定して生産を続け、県内外でオリジナル焼酎としての知名度があがってきましたが、田岡さんをはじめ、作り手たちはもともと、酒造りに縁のない人たちばかりでした。
焼酎づくりを始めるきっかけは、人口減少が加速する本山町で、地域の産業を守っていきたいという商工会の活動でした。その活動を牽引している一人が、「ばうむ」の代表を務める藤川豊文さん(60)です。
本山町生まれの藤川さんは高校卒業後、神奈川県の建設会社に就職します。家業の工務店を継ぐため、32歳で故郷に戻りますが、地域の衰退に焦るばかりでした。偶然、商工会の機関誌で、地元木材を使って学習机を開発した栃木県粟野町(現鹿沼市)の取り組みを知り、現地を訪れてノウハウを学び、町の商工会青年部の有志11人で「木部会ばうむ」を立ち上げます。
ガソリンスタンド経営者、スーパー、自動車修理工場、文具店とメンバーの職業はばらばらですが、学習机や椅子を制作し、町の小学校に納品します。2010年に「ばうむ合同会社」を立ち上げたころ、女性メンバーのアイデアで、スギの間伐材をレーザー加工機でレース模様にくりぬいたコースター「もくレース」も開発。東京や大阪にも販売するヒット商品を生み出しました。
「地元の産業に付加価値をつけて地域の活性化を図りたい」。そんな思いから、主産業の担い手でもある米農家の応援をかかげ、乗り出したのが酒造りでした。当初の構想である日本酒づくりは免許が取得できなかったものの、地元ブランド米をいかした焼酎づくりに切り替え、2013年に旧吉野中学校の体育館を改修して14年から製造販売を始めます。
試行錯誤を重ねて、ここ数年、焼酎づくりは広がりをみせています。高知県が独自に開発した酵母CEL-24の純米大吟醸を絞った際にでる酒粕を加えて仕込んだ商品「キルシュバウム」を製造し、地元の万次郎カボチャを加えた新製品「酔わせてまんじ郎」も開発しました。いずれも地元高知の特産品をいかした商品です。焼酎に加えて泡盛も生産しています。
「楽しみは新商品をつくること」という田岡さんの本業は米農家です。弥生時代が始まりと伝えられる棚田で天空の郷をつくっています。「後継者難が大きな悩みですが、焼酎をおいしいと言ってくれることが何よりの喜びです」。農作業の繁忙期は休み返上で二足のわらじをこなします。
ドイツ語で「木」を意味する「ばうむ」には、場(ば)を生む(うむ)という趣旨も含まれるようになってきました。新商品を次々と開発し、町外から移住者(Iターン者)が目立ち始めます。藤川さんがワンルーム20戸の集合住宅を建てたところ、満室になる状況です。「本山町はスーパーや総合病院・教育機関が同じエリアに近接するコンパクトシティーで、高知市にも車で1時間と都会的な暮らしができるんです」。
人口減少は大半の地方が直面する課題です。身の丈にあった暮らしにダウンサイジングすべきだという考え方もあります。しかし、藤川さんはこう語ります。「あきらめては負の連載が始まってしまう。住んでみたい地域、住みやすい地域を追い求めないといけないと思います」。
ばうむがつくる米焼酎「天空の郷」には、本山町で暮らす有志の柔軟な発想に加えて、強い覚悟の気持ちが込められています。
(野村雅俊)
※写真はばうむ合同会社提供
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